『驕る知伯を挟み射ち』
解題

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 論述文に工夫を凝らした策略物語です。
 寝返りの晋陽包囲戦、魏氏の陰謀に乗せられた知伯は反逆の的になっていた──「驕る知伯を挟み射ち」
 お話の結末を見ると、題材は晋陽の役です。
 この戦役は春秋時代と戦国時代の転換点に位置します。
 転換点なので、原則として戦国策とかぶらないはずの『国語』および左伝にも、関連する逸話や記述があります。
 とはいえ、この一編にしろ、『国語』であれ左伝にしても、事件の全体像がよく分かりません。
 全体像を描いた長文物語は『韓非子』十過篇あるいは戦国策では趙国の記事にあります。
 その二つの長文は同一内容で、『韓非子』十過篇が戦国策版から書き写しているだけです。つまり『韓非子』十過篇は戦国策の趙国の晋陽戦役物語より後に書かれました。
 つづいて、より古いその戦国策の趙国の大河ドラマ晋陽の役も、内容を見ると、左伝や『国語』そして本作品の逸話を盛り込んでいます。
 つまり晋陽戦役の全体像はそれらの短文逸話が出尽くした後で書かれたのです。
 また別の観点からも同じ結論になります。
 なぜ晋陽戦役の全貌が作品化されたのか、理由について考えた場合、これはかんたんなはなしです。それまで全体像が書かれていなかったからです。
 同じことが左伝や『国語』の逸話そして本作品にも言えます。なぜ著述されたのか。まだ書かれていなかったので書いたのです。
 ただし、本作品の結末を見ると、あたかも周知の歴史知識であるように、たいへん足早な記述になっています。
 ちなみに左伝の逸話を見ると、「知伯貪而愎、故韓魏反而喪之」としています。
 知伯は貪欲で剛愎、だから韓魏が寝返った。反逆した理由ですが、しかし智伯を貪で愎とする理由のほうはよく分かりません。
 この左伝の記述あるいは本作品、ひっくるめて漢代文学は少なくとも韓魏が反逆した晋陽戦役に関する伝承か何かには拠っているのでしょう。
 つまり智氏が滅んだ晋陽の役は本当にあったようです。
 さて、強者に与えて勝つ本作品の筋書きは後の長文晋陽戦役物語に取り入れられましたが、そのいわゆる周書にいう逆説的な策略は特に目新しくもありません。
 この一編の見せ所は躍動的な論述文なのでしょう。論述で晋陽の役を体験させようとしています。

Jul 21, 2020 - サイト管理人

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