『智伯の贈り物』
解題

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 贈り付け詐欺です。
 衛の国の油断を誘う智伯からの付け届け。有頂天の衛君に警戒心を呼び覚ました南文子の洞察──「智伯の贈り物」
 晋の智伯と衛の南文子による智謀詐術の応酬はさながら後の三国志演義の一場面を思わせます。
 いわば前漢の文学としては垢抜けた作品なのです。
 類似する筋書きが『韓非子』説林下第二十三の説話の中にあります。智伯の被害者は架空の仇由という小国です。
 仇由の国を狙った知伯、しかし険難な道が行軍の妨げになりそうなので、大きな鐘の楽器を鋳造して仇由の君に贈ります。
 赤章曼枝という大夫が警鐘を鳴らしました。これは小国の付け届けなのだから、大国から贈られたとなると必ずその後に軍隊が続くに違いない。
 仇由君は聴きいれず、大きな贈り物の運搬のために道を拡幅し、知伯軍に攻め込まれて滅びます。
 また、野馬白璧という贈り物については『韓非子』喻老篇に注目の記述があります。
 それによると、智伯が使った手は老子哲学だそうです。
 「将欲取之 必固与之」
 取ろうと思うならしっかり与えよという逆説です。
 実例として、晋献公が虞に対して馬と璧を贈った逸話、また知伯が仇由に対して広車を贈った逸話、その二例が挙げられています。
 なお、戦国策には本作品の他にも一編、衛国を狙う智伯の話があり、それは贈り物ではなく偽って太子を衛に亡命させるのですが、ちょっと筋書きが腑に落ちません。
 さて一方、晋の智伯に対して衛の南文子は架空の作中人物ですが、この人名も文学的背景がしっかりしています。
 衛国の文子といえば北宮文子が知られています。本作品より一世紀ほど古く、楚国に呼ばれた衛君を補佐したときの逸話などが伝わっています。
 文子という忌み名はそのころ全国的によく用いられました。
 また、南氏といえば宋から嫁いできた南子という傾国の美女が有名です。後世には孔子を誘惑する悪女役で描かれます。
 本作品より三十年ほど前です。そのころから衛国は政変が相次ぎ、孔子門の子路の悲劇が起こり、孔子が塩漬け肉を食べなくなります。

Jul 07, 2020 - サイト管理人

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