『応援俳優』
解題

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 そつのない戯作です。
 斉の侵略迫る小国の宋を物心両面で応援する荊王。大国である斉を苦労させるための演技だった──「応援俳優」
 『韓非子』説林上第二十二にもある説話で、御多分にもれず表現はすこし相異します。
 最も注目される違いは人物名でしょう。臧子が『韓非子』では臧孫子です。
 臧も臧孫も姓なのですが、臧孫子と敬称してある場合は特に春秋期魯国の臧文仲を指すようです。たとえば『列女伝』の臧孫母は臧文仲の母です。
 つまり孫の一字を削られて戦国期の一編となる以前、本作品は臧文仲を想定している春秋時代説話でした。
 しかも斉王と荊王が不特定で、臧孫子も魯ではない宋の使者ですから、まじめな歴史文学ではなく、臧文仲にまつわる先行文学を襲った翻案作品であることも断定できます。
 考証すればこの一編の制作時期をある程度絞り込めるのでしょう。しかし、より興味深い問題は古典文学の成り立ちです。
 主題に注目すると、本作品は『春秋左氏伝』の逸話から翻案されています。
 序盤では荊王の役者ぶりを描き出すことに注力する本作品ですが、ストーリー上の主題はその荊王が当て込んだ小国の死力なのでしょう。
 兵法書『三略』に、柔よく剛を制し弱よく強を制すという有名な逆説があります。要するに判官びいきに通じるので人気の老荘的な逆説です。
 一方の左伝の逸話でも臧文仲が小国に対する油断大敵を指摘します。
 本作品の臧孫子は荊王の策謀が事実として明らかになる前に、つまり荊王の援軍が到着しないという現実を見る前に、早くも荊王の態度から結果を見通しています。
 その先見性はまさしく左伝に描かれる臧文仲の性格です。
 『春秋左氏伝』は戦国策の編纂と同じ前漢末に作られました。
 成立経緯は左伝も戦国策も似たようなもので、素材としてまとめられた歴史説話の時代設定が春秋か戦国かの違いでしかありません。
 もっとも、また別に、左伝の先行作品と本作品を比較すると、まじめに書かれた歴史小説かそれを翻案した戯作かの違いもあるようです。
 どうであれ前漢古典文学の中身は要するに小説なのですが、『春秋左氏伝』や『史記』にまとめられると史実になり、残り物が戦国策に拾われています。

Jun 28, 2020 - サイト管理人

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