『やむをえない舞台裏』
解題

( 2. 08 ⁄ 17 追記 )
 一部、解釈を見直しました。原文の区切り方などに修正があります。
 訓読文を全面的に見直しました。【 もっと訓下し 】の解説文は一部不適当になりましたがそのままにしておきます。
 解釈変更は以下です。
○ 原文「魏拔中山、必不能越趙而有中山矣」
 当初は「必不能」を文節全体にかけることにこだわっていました。
 改めまして、「必」を文節全体に懸け、「不能」は「越趙」の句のみに懸かると読んでいます。
 この第二仮定文の直前にある第一仮定文の構文もそう読んでいますから、これが簡明だと思います。
Aug 17, 2020 - サイト管理人

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 文芸作品というより歴史資料にいかがでしょうか。
 強国魏文侯の遠征軍を已むを得ず通過させよ、趙利の消極的対策は積極的謀略だった──「やむをえない舞台裏」
 この一編はもちろん漢文なので不得已という表記になっていますが、やむをえずという定義しづらい言葉をたとえ話で説明しようとした作品なのでしょう。
 『韓非子』説林上第二十二にも転載されています。
 例によって『韓非子』版は随所で語句が異なり、すこし拙い印象ですが、『韓非子』版が粗悪と言うより、この戦国策版のほうが改良されているように思えます。
 冒頭と結びについてはほぼ同じで、この戦国策版では一字づつ省き、結びを不得已で終わりました。『韓非子』版の結びは不得已也です。
 つまり、魏文侯の中山遠征軍が舞台背景、その両国の間に位置する趙の庶民的なしたたかさで話にオチをつける一編の首尾は変わりません。
 続いて、趙側の人物名の趙侯と趙利、これが『韓非子』には趙肅侯と趙刻の名で出ています。しかし趙肅侯では魏文侯と時代が合わないようです。
 戦国策版はある時期にその不都合に気づいて肅の字が削られますが、その見直しに影響されなかった『韓非子』はすでに全篇が韓非当人の作とされていたのかもしれません。
 次に、趙利の語り出しは過矣の二文字ですが、『韓非子』では君過矣、主語の君が残っています。過の語が当初から過誤の意の名詞ではなかったことも分かります。
 その後の記述にもいくつか表現の相異があり、総じて戦国策版は文章を簡略にする方向で『韓非子』版当時から変更された印象です。
 あと一点だけ取り上げると、必不能という語句を含む文は文末までほぼ同じ表現で、断定の助字一つが違うだけですが、それに続く君不如許之という結論の提示が『韓非子』版では君必許之となっていて大違いです。
 必不能とは絶対不可能の意味なので、どちらの版でも越趙而有中山と表記されているその内容は不可能でなければなりません。
 すなおに解釈するとその表記は趙の頭越しに中山を領有するという内容になり、とても不可能とまでは言えないことに気づいて趙利の主張を全面的にトーンダウンさせたようです。
 まだ現行の戦国策版でも修正途上の感があるものの、以上のように中国の古典文学では原型創作者が原作者なのではなく、より良い表現に改まった原稿が原作になるようなので、本作品はこれから原作が発表されるのかもしれません。
 逆に、『韓非子』などのように早々と名のある先生が原作者にされた古典はその後なかなか改良や推敲の機会に恵まれなくなってしまったようです。

Jun 20, 2020 - サイト管理人

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