『さまよえる将軍楽羊』
解題

商鞅map1

 このページは人肉食を扱います。
 中山国攻略で驚愕の胆力を示す楽羊将軍に対し、魏文侯の周囲の批評は冷ややかだった──「さまよえる将軍楽羊」
 遠征先でわが子の肉を食った楽羊について、文侯は謎掛けのような睹師賛の助言を聞くまで必ずしも非難していません。
 むしろ睹師賛の一言さえなければ、帰還した楽羊を心から賞賛したのでしょう。
 たしかに楽羊の行為を人倫に背くと判定することは困難です。そして作中のどこを探しても楽羊に対する批判的な表現は見当たりません。
 この一編は『韓非子』に転載されました。説林上第二十二の一説話です。
 そのため何らかの哲学的な教えがあると買いかぶられるのか、わが子の肉を食った楽羊の行為が倫理的に問題視されます。
 しかし誤解です。いったい何が悪いのでしょうか。
 中国古典の人肉食では春秋時代の覇者の筆頭である斉の桓公とその料理人だった易牙の逸話が有名です。
 まだ人間の赤ん坊だけは食うことが叶わないと残念がる桓公に対して易牙は自分の子を料理して供します。
 これは動機が不純であり、そもそも自分の子とはいえ紛れもない殺人なので、宰相管仲はその人間性を疑いました。
 一方の楽羊は自分の手にかけていません。魏国のために攻め込んだ中山から個人的に報復を受けている気の毒な将軍の他の何者でしょうか。
 そのため文侯は国の英雄として顕彰する気でいたようです。それに対して睹師賛がすこし意地悪な一言を投じます。次のような意味です。
 「何でも食う健啖ぶりですが、仕える主君についてはどうでしょうか」
 原文の結末を見ると、文侯は楽羊の軍功に対して褒賞で報います。国のための外征でわが子を失った気の毒な将軍に対して当然でしょう。
 ただし原文の最後は疑其心と結ばれます。睹師賛の一言が効いて、わが子の肉を食ったことに関しては英雄視する気が失せたのです。
 睹師賛の一言は食という語の二義を掛けた洒落でしかありません。誰の肉でも食うという健啖ぶりを誰の禄でも食むという無節操ぶりの意味に掛けているだけです。
 つまり楽羊の心を疑ったというこの一編の結末は人肉食の道徳性とまるで無関係です。睹師賛の洒落を気にして、他の君主の禄でも食む楽羊の二心を疑っているのです。
 もっとも、この一編の中にそれを疑わせる楽羊の不審な挙動は一つもありません。文侯は睹師賛のせいで根拠のない妄想に駆られているだけです。
 この一編はそういう笑い話でしかありません。
 しかし『韓非子』でも紹介されているので本作品は成功しました。
 おそらく楽羊という人物作りが当たったのです。
 『韓非子』のおかげで作中人物の楽羊は今でも歴史上の人物です。燕の将軍楽毅の祖とされています。
 しかしなぜ楽毅より古い人とするのでしょうか。現実には楽毅より後の誕生であり、楽毅の性格に基づいて作られたのです。
 本作品の時代設定から百年余り後に活躍する楽毅、燕の将軍として知られるものの生え抜きではありません。
 『史記』によれば魏の客将から燕の客将になりますが、ともかく燕に仕える前もどこかの国で禄を食んでいます。
 そして燕王のために斉国を制圧した後は自身が斉王として独立するのではないかと嫌疑され、亡命して趙国の一地方に封じられました。
 崇拝される将軍楽毅ですが、こと主従関係に限って言えば中山国の周囲をさまよっています。
 そうした楽毅の忠誠心にことさら目をつけると本作品が成立します。

Jun 06, 2020 - サイト管理人

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