『吳子』序章
訳 校訂

 【 訳文 】
(村山 孚 訳 ─ 徳間文庫『中国の思想 孫子・呉子』より)
 呉起は、儒者の衣冠をつけ、戦術論をひっさげて、魏の文侯に面会した。文侯は、
 「わたしは、戦争のことなどまっぴらだ」
 呉起はいった。
 「わたくしは、外に現れた事象によって内部にひそむ真実を推測し、過去によって、未来を洞察します。あなたは、なんで心にもないことをおっしゃるのか。
 侯よ。戦争はいやだとおっしゃるあなたが、いま職人たちに何をつくらせておられますか。職人たちはせっせと獣の皮をはいで衣をつくり、これに朱や漆を塗り重ね、赤や青の絵具でいろどり、猛獣の絵を描いているではありませんか。こんなものを着ても、冬は暖かくないし、夏は涼しくありますまい。
 また、長いのは二丈四尺、短いのでも一丈二尺もある戟をつくり、さらに大きさが家ほどもあり、実用一点ばりの車をつくっています。見た目に美しくないし、狩りに使うには大きすぎて不便です。……いったい、そのようなものを、あなたはどこでどう使うおつもりか。
 もちろん戦争に備えてのことでありましょう。それならば、装備だけでなく、これを有効適切に使いこなす人材がいなければなんにもなりません。たとえていえば、ひなを抱いている牝鶏が野良猫につっかかり、子持ちの犬が虎に歯向かうようなものです。闘志だけでは殺されてしまうのです。
 むかし、諸侯のひとりであった承桑氏は、文徳だけを重んじて武備を撤廃したため、その国は滅びました。また、有扈氏の場合はその逆に、軍勢だけを恃みにして蛮勇をふるったため、君主の地位を失いました。明君は、こうした教訓を学びとり、内に対しては文徳、外に向かっては武備をととのえるのです。
 敵が攻めて来たのに、進んで戦おうとしないのは、正義とはいえません。敵のために殺された人民の屍に涙をそそぐだけでは、仁とはいえません」
 呉起のことばに感じいった文侯はみずから席を設け、夫人が酒をすすめて歓待した。そして祖先の廟に報告し、かれを大将に登用した。
 はたして、呉起は西河の地を守って奮戦した。主な会戦七十六回、そのうち六十四戦は完勝し、あとはすべて引き分け、つまりまったく無敗であった。魏が四方千里にわたって領土を拡張できたのは、すべて呉起の功績である。


 【 校訂 】
 吳起儒服(、)以兵機見魏文侯。文侯曰、寡人不好軍旅之事。
 起曰、臣以見占隱、以往察來。主君何言與心違。今(、)(、)四時使斬離皮革、掩以朱漆、畫以丹青、爍以犀象。冬日衣之則不溫、夏日衣之則不涼。為長戟二丈四尺、短戟一丈二尺。(、)革車奄戶、縵輪籠轂。觀之於目則不麗、乘之以田則不輕。不識(、)主君安用此也。若以備進戰退守、而不求能用者、譬猶伏雞之搏狸、乳犬之犯虎。(、)雖有鬥(鬭)心、隨之死矣。昔承桑氏之君、修德廢武、以滅其國(國家)。有扈氏之君、恃衆好勇、以喪其社稷。明主鑒茲(玆)、必內修文德、外治武備。故當敵而不進、無逮於義矣。僵屍而哀之、無逮於仁矣。
 於是文侯身自布席、夫人捧觴、醮吳起於廟、立為大將。守西河。(、)與諸侯大戰七十六。(、)全勝六十四、餘則鈞解。闢土四面、拓地千里。皆起之功也。

inserted by FC2 system