『文侯のおこたり』
解題

商鞅map1

 気の長い皮肉です。
 戦国前半は群雄諸侯先駆けて抜け出た魏国。お務め先行型のお国柄は文侯の失敗からだった──「文侯のおこたり」
 虞人の意味がわからなかったので、異民族の首領と狩りの約束をしたような話なのかと思っていました。
 調べてみると、虞人はお狩り場の役人です。つまり虞人と猟を期すとは、誰かとの約束ではありません、君主の狩りの予定を役人に手配しているのです。
 それを対等な立場の約束であるかのように表現する荘子哲学的な自由奔放がこの一編の性格と言えます。
 原文では他にも、側近の者が主君を公と呼び、文侯自身も吾と自称しています。
 しかし考えてみると、魏国はまさにこの文侯の在位中に諸侯へ昇格し、それまでは名誉を付与されていない土豪でしかなかったので、むしろ筋が通っているのかもしれません。
 さて虞人ですが、虞という字は想像上の獣をいうようです。ちょっと虎を複雑にした字です。たまに人名では目にします、虞美人などが著名でしょうか。
 文章の語としてはめったに使われないのでしょうが、危惧に替えて危虞と書くようなことがあるなど、先々の不安や心配といった意味を持つ字として認識されていたようです。
 予定を入れたのに備えていなかったという失敗がこの一編の主題ですから、用心の人という意味になる虞人を約束する相手として配したこともまた筋が通っています。
 ところで本作品は出だしの虞人の解釈を乗り切っても、まだ最後のほうに難所が残っています。身自罷之という4字の文節です。
 自身ではなく語順あべこべの身自、罷は罷免などの罷ですが、之が指示代名詞なので指示の内容を作中から汲み取ることになります。
 戦国史に通じた読者ほど、名君文侯を信頼して、ここは律儀に出かけて自身で狩りの約束をやめた信義のことだと解釈したくなる仕掛けになっているようです。
 直後の結びの文は魏国それから始強。文侯の信義ばなしとして理解すると最後の強の字は強いの意で読むことになり、強国の事始めの一編として筋書きが通ってしまいます。
 しかしそれは一般社会で筋が通りません。約束に出かけた当然のことを褒める以上に、予定前の不謹慎な酒盛りが咎められるでしょう。
 そもそも全編にわたって見上げた君主像では描かれません。文侯は狩り場の役人と対等で、側近も公と呼び、自分でも吾と称するなど、いたってただのおやぢです。
 最後の始強の二字もただの人の改心です。魏国ここに始めて強しという訓話ではありません。
 やることをやる前に遊んでしまう意志薄弱によって悲しい目に遭ったため、文侯は仕事を優先的に終わらせてから遊ぶようにしたのです。
 そして確かに魏の歴史も、特に文侯ががんばって戦国前半を最強の国として折り返し、一転して後半には落ち目になったとみなされています。
 いってみれば、やることをはじめに済ませるタイプです。

May 30, 2020 - サイト管理人

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