『バカを見た』
主文

 ── 公叔痤病む.

 魏公叔痤病 惠王往 問之曰 公叔病 即不可諱 將奈社稷何 公叔痤對曰 痤有御庶子公孫鞅 願王以國事聽之也 為弗能聽 勿使出竟 王弗應 出而謂左右曰 豈不悲哉 以公叔之賢而謂寡人必以國事聽鞅 不亦悖乎 公叔痤死 公孫鞅聞之 已葬 西之秦 孝公受而用之 秦果日以強 魏日以削 此非公叔之悖也 惠王之悖也 悖者之患 固以不悖者為悖

 魏の公叔痤病む。恵王往き、之に問うて曰く、公叔の病、即し諱(い)む可からずんば、将(まさ)に社稷を奈何(いかん)せんとする。公叔痤対(こた)へて曰く、痤に御庶子公孫鞅有り、王に願はくは国事を以て之に聴くことなり、聴くこと能はずと為(おも)はんも、竟を出でしむる勿れ。王応へず、出でて左右に謂ひて曰く、豈に悲しからずや、公叔の賢を以てしても寡人に必ず国事を以て鞅に聴けと謂ふ、亦(ま)た悖(もと)らずや。公叔痤死す。公孫鞅之を聞き、葬を已(や)め、西に秦に之く。孝公受けて之を用ふ。秦果して日に日に以て強く、魏日に日に以て削る。此(こ)れ公叔の悖(もと)れるに非ず、恵王の悖れるなり。悖れる者の患ひ、固(もと)より悖らざる者を以て悖ると為(おも)へり。


 魏国の摂政役を任じる公叔痤が病いの床に臥してしまった。
 惠王はただちに見舞っていたわりの言葉をかけた。
 「公叔、なんとしたことだ、一日も早く病魔を払ってくれねば国が立ち行かんではないか」
 「ゴホッ...、そのことでござゴホッ...。わたくしめに御庶子の公孫鞅ゴホッ...という者がおります。よろしく...ゴホッ、この者に国政をお任せくだされ。お気に召さずとも、ゴホッ...お手より...ゴホッなりませんぞ...ゴホゴホッ!」
 公叔痤の様子が胸に迫り、惠王は無言で肯きながら優しく自身の手で寝かしつけた。
 私的な賓客として抱えていた希代の才人を満を持して王に推薦することができ、すなおに目を閉じた公叔は安らかな表情を浮かべていた。
 惠王は病人の室を出た。そして御供の者に顔を寄せ、頭を振りながら、ひそひそと告げた。
 「わからん、いや本当にわからんものだなあ。元気な頃はあれほど国のために尽くしてくれた公叔なのに、最後の最後にあんな親ばかを言い出すなんて、なあ? いつも傍に置きたくて御者をやらせるほど可愛がっている子どもらしいが、自分の家督も継がせられない妾腹の鞅をなんとしても国からの高い給料で養わせようとは、なんとも浅ましい親ばかに蝕まれてしまったことよ」
 公叔痤が息を引き取った後、公叔邸の内外では故人にまつわる話がしめやかに交わされ、客人の公孫鞅も自分の身に深く関わるくだんの面会のことをすっかり聞きつけていた。
 すると機敏にも公叔痤の葬列に加わる方策で魏の都を脱して、西方に活路を求め、秦の国へ赴いた。
 すかさず秦の孝公がもろ手をひろげて歓迎し、すぐさま国政を執らせる。結果、公孫鞅のおかげで秦国は日を重ねるにつれ強大となり、そのあおりで魏国は日を重ねるにつれ領土が削られた。
 振り返ってみると、まるで公叔痤の浅ましさではない。それを言うなら逆に惠王の浅はかさだろう。浅はかな疑心が全く浅ましくない相手に浅ましい親ばかを見ていたのだ。

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