『バカを見た』
現代日本語訳

【 改定口語訳 Aug 19, 2020 】
 魏の公叔痤が重態になった。恵王は出向き、本人へ問いかけた「公叔の強情な病魔、もし即座に追い払えないようなら、国をどうやって保っていこうか」公叔痤が申し上げるには「痤に御庶子の公孫鞅がございます、王には国の事をこの者にご相談くだされ、この者をお気に召さずとも、お手の内から離れさせることはなりませぬ」王は返事を与えず、退出して側近の者に話した「なんと痛ましいことか、国に大きな功を立てるほどの公叔にして遺される主君に必ず国の事を(公孫)鞅に相談あれと言い出す、ひどく混乱していないか」公叔痤が逝った。公孫鞅はその話を聞き、葬列にまぎれて出奔し、西の秦国へ向かった。秦の孝公が歓迎してすぐさま任用する。もう言うまでもなく秦はおかげで見る見る強くなり、魏はしだいに身を削る思いで領土を削っていった。これは公叔が混乱していたのではない、恵王が混乱していたのだ。混乱した者の痛ましさ、そもそも混乱していない者を混乱していると思い込んでのこと。

【 初めの訳 】
 魏国の摂政役を任じる公叔痤が病いの床に臥してしまった。
 惠王はただちに見舞っていたわりの言葉をかけた。
 「公叔、なんとしたことだ、一日も早く病魔を払ってくれねば国が立ち行かんではないか」
 「ゴホッ...、そのことでござゴホッ...。わたくしめに御庶子の公孫鞅ゴホッ...という者がおります。よろしく...ゴホッ、この者に国政をお任せくだされ。お気に召さずとも、ゴホッ...お手より...ゴホッなりませんぞ...ゴホゴホッ!」
 公叔痤の様子が胸に迫り、惠王は無言で肯きながら優しく自身の手で寝かしつけた。
 私的な賓客として抱えていた希代の才人を満を持して王に推薦することができ、すなおに目を閉じた公叔は安らかな表情を浮かべていた。
 惠王は病人の室を出た。そして御供の者に顔を寄せ、頭を振りながら、ひそひそと告げた。
 「わからん、いや本当にわからんものだなあ。元気な頃はあれほど国のために尽くしてくれた公叔なのに、最後の最後にあんな親ばかを言い出すなんて、なあ? いつも傍に置きたくて御者をやらせるほど可愛がっている子どもらしいが、自分の家督も継がせられない妾腹の鞅をなんとしても国からの高い給料で養わせようとは、なんとも浅ましい親ばかに蝕まれてしまったことよ」
 公叔痤が息を引き取った後、公叔邸の内外では故人にまつわる話がしめやかに交わされ、客人の公孫鞅も自分の身に深く関わるくだんの面会のことをすっかり聞きつけていた。
 すると機敏にも公叔痤の葬列に加わる方策で魏の都を脱して、西方に活路を求め、秦の国へ赴いた。
 すかさず秦の孝公がもろ手をひろげて歓迎し、すぐさま国政を執らせる。結果、公孫鞅のおかげで秦国は日を重ねるにつれ強大となり、そのあおりで魏国は日を重ねるにつれ領土が削られた。
 振り返ってみると、まるで公叔痤の浅ましさではない。それを言うなら逆に惠王の浅はかさだろう。浅はかな疑心が全く浅ましくない相手に浅ましい親ばかを見ていたのだ。

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