『荘子』雑篇徐無鬼篇.5
莊子曰射者 もう少し訓下し

 «徐無鬼篇 5 - 註解»
(徐無鬼篇のこの章は校訂に示したとおり文の区切り位置も諸説一致しないほど難文である。しかし荘子の魂胆は第1段の平明な問答から容易に読み取れるので、この一章の大意をつかむことはさほど難しくない)
 荘子(さうし、さうじ、=そうし。元来は書名。書名から荘周という伝説人物が創り上げられた。ここはそれの尊称、つまりこの作品は比較的新しい)(いは)く、射(い)る者(もの)、前(さき)に期(き)するに非(あら)ずして中(あた)る、之(これ)を善(よ)く射ると謂(い)はば、天下(てんか)(み)な羿(げい)なり、可(よ)きか。恵子(けいし)曰く、可(よ)し。荘子曰く、天下は公是(こうぜ)(あ)るにあらず、而(しか)るに各(おの)おの其(そ)の是(ぜ)とする所(ところ)を是とせば、天下皆な堯(げう)なり、可きか。恵子曰く、可し。
(=第1段、荘子は二つの命題を確認している。第一命題、羿は弓の名手の代名詞とされた、非前期而中は文字通りには思いがけないまぐれ当りの意だが、恵子がヘタな鉄砲かず打ちゃ当たるの多弁家とされるのでそれに当てこすっているのかもしれない、前期は前もって期す、今の日本語では予期すると言う、期は月が一巡する字義から後には会うや約束する、意を決するの意味でも使われるようになった。第二命題、尭は三皇五帝時代の聖帝で帝尭と称される、つまりこの命題に言う是とは神代の聖帝の価値観のようなもの、そして公是はそうした形而上の絶対的な価値観、荘子学派の信条として形而下の天下には各人の相対的な価値観がひしめき合っているだけで全社会公認の絶対的な価値観はないのである、しかしここの是や公是の文意はそこまで小難しい哲学ではなく、ここの是は正しい見解、また公是は一人残らず是認する見解のこと、天下皆堯也は理想社会どころか意見対立の収拾がつかない狂的荒廃社会。この第一段はもちろん論敵である恵子を言い負かすための仕込みであり、荘子の前もって期するところは「自身の正しい見解を世に押し通そうとする恵子のような御仁は現実社会の大局がまるでわかっていない困り者」だと論証することである)
 荘子曰く、然(しか)らば則(すなは)ち儒墨楊秉(じゅぼくやうへい)の四(よつ)と夫子(ふうし)と五(いつ)(た)り、果(は)たして孰(いづ)れが是(ぜ)か、或者(ある、=或者であるひはと訓み、それともの意)ひは魯遽(ろきょ)の若(ごと)き者(もの)か、其(そ)の弟子(ていし)曰く、我(わ)れ夫子の道(みち)を得(え)たり、吾(わ)れ能(よ)く冬(ふゆ)に鼎(かなえ)を爨(た)きて夏(なつ)に冰(こほり)を造(つく)る、魯遽曰く、是(こ)れ直(ぢか)に陽(やう)を以(もつ)て陽を召(よ)び、陰(いん)を以て陰を召(よ)べり、吾(わ)が謂(い)ふ所(ところ)の道に非ざるなり、吾れ子(し)に吾が道を示(しめ)さん、是(ここ)に於(おい)て之(これ)が為(ため)に瑟(しつ)を調(てう)し、一(いつ)を堂(だう)に廃(はな、=離す、距離を空ける)し、一を室(しつ)に廃(はな)す、宮(きゅう、=五音階の一つ)を鼓(こ)するに宮動(ふる)へ、角(かく、=五音階の一つ)を鼓するに角動(ふる)へり、音律(おんりつ、=音階の調律)の同(そろ)ふのみ、夫(そ)れ或ひは調(てう)を一弦(いちげん)に改(あらた)め、五音(ごおん)に当(あた)る無(な)からしむるや、之を鼓するに二十五弦皆(み)な動(ふる)へん、未(いま)だ始(はじ)めより声(せい)を異(こと)にせず、而(しか、=逆接)も音(おん)の君(きみ)なるのみ、且(まさ)に是(かく)の若(ごと)き者か。
(=第2段は古代の音階名称など、現代人には通じづらくなった論述である、あまり深入りせず軽く触れるだけにしたい。儒墨楊秉はこれの書かれた漢初から見て荘子や恵子当時に有力だったと考えられる四学派、このうち墨と楊は『孟子』にも墨翟楊朱の徒として出ている、また儒はもちろん儒学、問題は秉で、まったく不明の学派。魯遽についても未詳、周初のころの人とする説がある。寒い時期に暖をおこし暑い時期に冷をつくるは人間の営みとして褒められるはずだが、魯遽が言うにはそれでは直情径行になって実世界の道を心得たことにはならない。そういう魯遽は共鳴現象という自然界の法則を利用して遠隔操作する、孫子兵法の軍争篇にある迂直の計である、直進する者より遠回りする者のほうが早く到着するという手品はたしかに渋滞情報など道をよく知っていなければ成功しない。しかし荘子が言うには、それでもまだ最初に弦を調律するという人為が施されている、つまりそれは人為的にこしらえた限定的な仮想空間でのみ通用する説であり不確定要素だらけの混沌とした実世界でも役立つという保証はない。そこで荘子は試しに、魯遽の爪弾く一弦をわざと音階外れに調律する、すると一方の瑟では二十五弦すべてが振動してしまい予期した特定の音階を鳴らすわけにいかなくなる。実際に世の諸侯の政治はそうしたあてずっぽうで行われているのであり、その諸侯に意見具申する例の四学五派の説も同様である。要するに魯遽もまた人為的限定的な狭小世界で道を語っていたのだが、はたしてこれが四学五派の言う正しいなのかな?)
 恵子曰く、今(いま)、夫(か)の儒墨楊秉(じゅぼくやうへい)、且(まさ)に方(なら)び我(われ)に与(くみ)するに弁(べん)を以(もつ)てし、相(あ)ひ払(はらひの)くるに辞(じ)を以てし、相ひ鎮(おさへつ)くるに声(せい)を以てせんとするに、而(しか、=逆接)も未(いま)だ始(はじ)めより吾(われ)を非(ひ)とせざるなり、則(すなは)ち奚若(いか)ん。
 荘子曰く、斉人(セイひと)、子(こ)を宋(ソウ)に蹢(つか)はす者(もの)、其(そ)の閽(こん、=この場合は門番。足が不自由など、一般に障害者の勤め口だった。しかしここは斉人が子に門番を命ずるというから職業ではなくちょっとした家事)を命(めい)ずるや、完(かん)を以てせず、
(=たぶんここに欠落あり)(そ)の鉼鍾(へいしょう、=そもそも語句が定まらず、諸説あるが、一応、時代劇で旧家の土間のお勝手に据えられているようなばかデカい炊事釜と理解しておいた。決して縛り付けておく必要のない物、どこにも行かない物のたとえ)を求(もと)むるや、束縛(そくばく)を以てし、其の唐子(たうし、=迷子の意とされる。どこまで歩いて行ってしまうかわからない者のたとえ。また炊事釜と較ぶべくもないほど大切なもの)を求むるや、而(しか、=逆接)も未だ始めより域(ゐき、=自己都合で決めた範囲)を出(い)でず、遺類(ゐるゐ、=遺った同類。戦争でいえば壊滅軍の残党。残余の同朋の意。本末転倒でいえば末のたぐいということ)(あ)る矣(の)み夫(かな)
 楚人(ソひと)(寄而蹢閽者、夜半於無人之時、)而して舟人(しうじん、ふなびと)と鬥(あらそ)ふ、未だ始めより岑(みね)を離(はな)れざるに、而も怨(うら)みを造(つく)るを以て足(た)れり。
(=この第3段は語句の錯誤が多く、難文ではなく解読不能。読める部分だけ訓み下した。恵子の反論と、荘子の三つのたとえ話から成る。恵子の反論は「世の有力学派から自分が否定されたことはないから、自分を是として何の問題もないのではないか」が大意、しかし詳細は難解。荘子の一話目、斉人の話はまだしも分かりやすい、蹢子於宋の蹢は適に似て非なる字、意外に捨てるの意で解読する説が多いが、斉人が子を宋に捨てるでは話が突拍子もない、この蹢は適と同じく道を歩く、つまり往くという意であり、適と違って蹢には行きつ戻りつの意味合いがあるから、蹢子於宋は子に宋とのあいだを往復させる、宋に使いに出すということである、また蹢のアシ偏は続く其命閽也 不以完の不以完を説明するためでもある、其命閽也 不以完は子に門番をさせるためわざわざそれにふさわしく不具者にしたという残酷物語だが、あらかじめアシ偏の蹢の字が使われているので不以完と簡略に言っても足を不自由にしたのだとわかる、この一話目の文意は宋への往復が我が子の本分だというのにちょっと門番させるからといって足を不自由にしたのではもう肝心の本分が務められないだろうということ。荘子の二話目は文が不完全な感じだが、大事をおろそかにして小事に励むというこの一章の大意に沿って読めなくもない。荘子の三話目は特に楚人の人物設定や状況説明である前半部分が激しく錯誤している、解読は諦めた。二話目の終句にある有遺類矣夫がこの章全体の結びで、この三話目は衍文ということにしておく)

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