『ここで泣け』
魏太子申の弟たち

 『魏惠王起境內衆』

 魏惠王起境內衆 將太子申而攻齊 客謂公子理之傅曰 何不令公子泣王太后止太子之行 事成則樹德 不成則為王矣 太子年少 不習於兵 田盼宿將也 而孫子善用兵 戰必不過 不勝必禽 公子爭之於王 王聽公子 公子不封 不聽公子 太子必敗 敗公子必立 立必為王也
 「魏の恵王、境内の衆を起こし、太子申を将として斉を攻む。客(かく)、公子理の傅に謂ひて曰く、何ぞ公子をして王太后に泣(なみだ)させて太子の行(かう)を止(と)めさせざる、事成らば則ち徳を樹(た)て、成らずば則ち王と為るのみ、太子年少(わか)く、兵に習(しふ)せず、田盼は宿将なり、而して孫子は善く兵を用ふ、戦ひ必ずしも過ぎず、勝(た)へざれば必ず禽(とりこ)たり、公子、之を王に争し、王、公子に聴くも、公子封(と)ざされざるに、公子に聴かざれば、太子必ず敗れん、敗るれば公子必ず立たん、立たば必ず王と為るなり。」


 梁恵王は魏国領土内あっちもこっちからも徴発した頭かずで軍編成をやって繰りだし、世継ぎである太子申に率いさせた。いよいよ斉国への進撃である。
 昔年の桂陵の戦いで手ひどい損失を支払わされてからこのかた固く心に誓って片時と忘れなかったかたき討ち、いわゆる馬陵の戦いがかたかたと動き始めた。
 大王の復讐心と国の威信が太子申の一身を見送る。しかし見る人から見れば、その太子の陰に封じ込められてしまっている他の公子たちにもこの大挙行はまたとない好機とならないでもないのであった。
 一人の説客がすかさず理という公子の教育係に近付いて次のように入れ知恵した。
 「もったいない、本当にやきもきさせられる。あなたは公子のお一人に物を教えるお役目だというのに、どうして公子に王や王母の御前で涙ながらに兄の行軍はお取り止めにしてくださいと哀願することを教えないのですか。
 まだおわかりにならない。要はこういうことです、それが聞き届けられても公子は特別に持ち上げられますが、そのうえお聞き届けがなければ公子は王になられるばかりです。
 いえいえ、あべこべは申しておりません。次をお聞きになればすっきりわかるはずです。
 むべなるも太子はまだ骨のか細いお若君、それに兵の扱いも慣れません。向うの名うて田盼(でんはん)将軍は斉国の屋台骨、さらに孫子(そんし)は兵を与えられれば敵無しの手練れなのです。そら、そろそろお察しになられましたな。
 そうですよ、戦ってしまってから目が覚めるでしょう、目をつぶっていても勝つなんてとんだ目算違い、そしてお務めがだめになる太子は行った先から戻れない破目になる。
 だからこそ先回りして公子には今お話ししたとおりを目に涙しながら王に申し上げるよう教えるのです。
 もし王に公子の意見が通りましてもそれはそれで驚天動地ですから公子は一目も十目も置かれることになりますが、まあ十中の百までそういう天変地異は起こりません。
 すると危うい太子のために泣くは公子お一人、そうすると太子は戦ってしまって敵地に敗れ、敗れたならそれを予見して泣いた聡明な公子が代わりに立てられ、公子が世継ぎに立てられたなら、さあやがて王になられましょう」

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