『八尺有余のおやぢ』
後段

 『鄒忌脩八尺有餘』後段
 6.
 於是入朝 見威王曰 臣誠知不如徐公美 臣之妻私臣 臣之妾畏臣 臣之客欲有求於臣 皆以美於徐公 今齊地方千里 百二十城 宮婦左右莫不私王 朝廷之臣莫不畏王 四境之內莫不有求於王 由此觀之 王之蔽甚矣
 「是(ここ)に於(おい)て朝(てう)に入(い)り、威王に見(まみ)えて曰く、臣、誠(まこと)に徐公の美に如かざるを知る、臣の妻は臣を私し、臣の妾は臣を畏れ、臣の客は臣に求めらるる有るを欲す、皆(みな)(もつ)て徐公より美なりとす、今、斉は地は方(はう)千里、百二十の城、宮婦(きゅうふ)左右(さいう)に王を私せざるは莫(な)く、朝廷の臣に王を畏れざるは莫く、四境(しきやう)の内に王に求むる有らざる莫し、此(これ)に由(よ)りて之(これ)を観(み)れば、王の蔽(おほ)はるるは甚だし。」
 7.
 王曰 善 乃下令群臣吏民 能面刺寡人之過者受上賞 上書諫寡人者受中賞 能謗議於市朝聞寡人之耳者受下賞
 「王曰く、善(よ)し。乃(すなは)ち令を群臣(ぐんしん)吏民(りみん)に下(くだ)さく、能く寡人(かじん)の過(あやま)ちを面刺(めんし)する者は上賞(じやうしやう)を受く、上書(じやうしょ)して寡人を諫(いさ)むる者は中賞(ちゅうしやう)を受く、能く市(し)(てう)に謗議(ばうぎ)し寡人の耳に聞(きこ)ゆる者は下賞(かしやう)を受けん。」
 8.
 令初下 群臣進諫 門庭若市 數月之後 時時而閒進 期年之後 雖欲言 無可進者
 「令初めて下る、群臣進諫(しんかん)し、門庭(もんてい)は市(いち)の若(ごと)し。数月(すうげつ)の後(のち)、時時(じじ)にして間(かん)に進し、期年(きねん)の後、言(げん)せんと欲すといへども進す可(べ)き者無(な)し。」
 9.
 燕趙韓魏聞之 皆朝於齊
 「燕(えん)(てう)(かん)(ぎ)(これ)を聞き、皆(みな)斉に朝(てう)す。」
 10.
 此所謂戰勝於朝廷
 「此(こ)れ所謂(いはゆる)、戦ひ朝廷に於(おい)て勝つ。」


 6.
 こうして朝となり、斉威王にお目通りすると、鄒忌はさっそく意見申し上げた、「僕なんてですね、徐公の美男にはとうてい敵わないんですよ、それはもう僕もよく思い知っているんですよ」思いがけず中年男の容姿の不出来に関する愚痴、威王は目を白黒させると、次には憐れみと悲しさの入り混じる眼差しを宰相に注いだ。が、そのあいだも鄒忌は滔々と言葉を切らさない、「僕の妻は僕を独占する、僕の妾は僕に恐縮する、僕の客は僕に取入りたい、皆それぞれの立場があって徐公より美男と言い出すのです。さて今でさえ王さまのお立ちになられる斉国は領土千里四方、城市百二十の堂々たる大国なれば、宮女近侍に王を私有せざるはなく、朝臣に王に恐縮せざるはなく、四方国境の内に王に要望有らざるはありません。以上のことから王さまの情報源をよくよく推察いたしますと、お目を塞がれておいでになること甚だしく、担がれておいでになりますことは僕も遠く及ばぬものがございます」
 7.
 「なるほど。よくぞ教えてくれた」王は上機嫌になった。
 そうした経緯から、国中の群臣吏民に次のようなお触れが下された。進み出て王の過ちを面と指弾すれば上賞を受ける、上書によって王を指導できれば中賞を受ける、巷間宮中問わず政道を批判して王の耳に達すれば下賞を受ける。
 8.
 さてそれを施行に移した当初こそ群臣吏民殺到して王宮の門庭はなにかの市が立ったかのごとくごった返したものの、月を重ねるうちにそれも落ち着いて時々に進み出る人影はまばらとなり、一年後には諫言申し上げようにもそれをできる者がなかった。
 9.
 斉の国でその果敢な政道修理が断行されると、近隣の燕趙韓魏の国々は斉威王以下挙国一是の引き締まった団結力に恐れをなし、どの国も高々と白旗を振りかざして斉の朝廷に馳せ参じた。
 10.
 これぞ『呉子』の書にも説かれる「戦う先に朝廷において勝つ」というものである。

inserted by FC2 system