『将軍章子は主君孝行』
前段

 『秦假道韓魏』前段
 1.
 秦假道韓魏以攻齊 齊威王使章子將而應之
 「秦、道を韓魏に仮り、以て斉を攻む。斉威王、章子を将として之に応ぜしむ。」
 2.
 與秦交和而舍 使者數相往來 章子為變其徽章 以雜秦軍
 「秦と和を交(かは)して舎す。使者しばしば相ひ往来す。章子、為(ため)にその徽章を変じ、以て秦軍に雑(まじ)る。」
 3.
 候者言章子以齊入秦 威王不應 頃之閒 候者復言章子以齊兵降秦 威王不應 而此者三
 「候者、章子の斉を以て秦に入るを言ふ。威王応ぜず。頃之間(まもあらず)、候者復(ま)た章子の斉兵を以て秦に降(くだ)るを言ふ。威王応ぜず。此(かく)の而(ごと)き者(こと)三たびす。」
 4.
 有司請曰 言章子之敗者 異人而同辭 王何不發將而擊之 王曰 此不叛寡人明矣 曷為擊之 頃閒 言齊兵大勝秦軍大敗
 「有司(いうし)請ひて曰く、章子の敗を言ふ者、人を異にして辞を同じくす、王何んぞ将を発して之を撃たざる。王曰く、此れ寡人に叛(そむ)かざるは明らかならん、曷為(なんす)れぞ之を撃つ。頃間(まなく)して、斉の兵大勝し秦軍の大敗するを言ふ。」


 1.
 西方辺境の野蛮国で好戦的な秦。かの太公望に始まる東の斉国が下剋上で臣下に乗っ取られると、遠く東方かなたのことながら、まだヨチヨチ歩きのその新興国を一ひねりしたくてウズウズしていたが、いよいよがまんできずに長途遠征を決断した。後になると遠交近攻の原則路線を固持して天下統一成る秦国だが、この時代はそんなしっかりした対外戦略を持っていないのだった。
 そこで斉国との間に横たわる韓、そして魏、その両国に軍の通過を告げて斉国へ出兵した。
 このとき野卑な秦国はすこしばかり知恵を使い、韓魏の両国へ行軍の道を借りると言わずに道を仮りると通告する。古くからこうした頭越しの遠征はあらぬ疑念を中間国に抱かせるとされるため、あくまで新興国いぢめがしたいだけのこのたびは一時的な通過行軍で仮の領土侵犯だと保証し、韓魏の不安解消に努めたのである。
 さて斉国は後世に名君の誉れが高い斉威王の御代である。かねて目を掛けている若手の章子(匡章)がいいと思い、斉兵を率いさせて秦の遠征軍に当たらせた。
 2.
 両軍、相まみえ、とりあえず使者を交わして、いっときの猶予を約してから、それぞれ陣舎設営に取り掛かった。すると、なにしろめったに往来のない遠国同士、互いの何気ない話がいと珍しう、つい興に乗って使者を繁く通わせ合ううちに、兵卒同士も合戦前の緊張感がなくなって相好を崩すやら交流を始めるやら敵味方なく意気投合してしまい、とうとう両軍の見境がつかなくなる始末。頼もしくも恐ろしい斉威王に抜擢されて責任感が重くのしかかる斉将章子、敵味方が和気あいあいと入り雑じるたるんだ光景を眺めると、とっさに麾下の兵団の旗じるしをさっと偽装工作させ、仮に斉軍の旗を秦の軍旗のように変えて、まるで吸い込まれるように、忍びやかに秦陣営の中へ消えていった。
 3.
 斥候が戦場から斉都臨淄の王宮に戻り、「章子将軍が手勢の斉兵と連れだって秦側に加わりました」と報告を上げたが、斉威王は耳がないかのように、黙して聞き流した。だから戦時の御前会議もちょっとざわついた以上の反応にはならなかった。矢継ぎ早に第二報の斥候が戻ると、何ら事後対応の動きもないのどかな朝議の様子にびっくりして、「将軍章子、斉兵をともなって秦に降りました!」と怒鳴るように復した。今度こそ、いくさ評定はざわざわと険しくなった。しかし威王はやはり聞く耳持たず、黙して相手にしない。そんな暖簾に腕押しが三度になった。
 4.
 いくさ係りのお側官がしびれを切らしてご注進申し上げた。「章子の投降を伝えてくる物見は異口同音、人を変えても報告は一緒でございます。王、なにゆえ、新たに将軍をお出しになって卑怯者をお討たせになりませんのか」と威王の踏ん切りを促す。ところが王はカッと目をむき、「なにを... あれがこれに叛いていないことは明白ではないか、それを討てとはどういう話だ」と感情的に強弁するばかりで取り合わない。そうこうするうちに新たな戦況報告が届いた、「斉の兵大勝でした。秦軍大敗です」と明るい声で言う。御前の臣一同は一瞬耳を疑って黙し、次の瞬間には歓喜の笑顔が満開に咲きほこった。それからも人を変えては異口同音の戦勝報告が相次いだ。

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