『呉子』図国
3. 凡制國治軍

 『凡制國治軍』─原文と訓読

 【 校訂 】
 吳子曰、凡制國治軍、必教之以禮、勵之以義、使有恥也。夫人有恥、在大足以戰、在小足以守矣。然戰勝易、守勝難。故曰、天下戰國、五勝者禍、四勝者弊、三勝者霸、二勝者王、一勝者帝。是以數勝得天下者稀、以亡者衆。
 【 原文 】
 吳子曰 凡制國治軍 必教之以禮 勵之以義 使有恥也 夫人有恥 在大足以戰 在小足以守矣 然戰勝易 守勝難 故曰 天下戰國 五勝者禍 四勝者弊 三勝者霸 二勝者王 一勝者帝 是以數勝得天下者稀 以亡者衆
 【 訓み下し文 】
 呉子曰く、凡(おしな)べて国を制するにも軍を治むるにも、必ず之を教ふるに礼を以てし之を励ますに義を以てすること、恥有らしむればなり、夫れ人は恥有らば、大に在るは戦ふを以て足り小に在るは守るを以て足る、然れば戦ひ勝つこと易く守り勝つこと難し、故(もと)より曰く、天下に戦ふ国、五たび勝つ者は禍、四たび勝つ者は弊、三たび勝つ者は霸、二たび勝つ者は王、一たび勝つ者は帝、是(ここ)に数(しば)しば勝つを以て天下を得る者稀く、以て亡ぶる者衆し。
 【 もう少し訓下し 】
 呉子曰(いは)く、凡(おしな)べて国(くに)を制(せい)するにも軍(ぐん)を治(をさ)むるにも、必(かなら)ず之(これ)を教(をし)ふるに礼(れい)を以(もつ)てし之を励(はげ)ますに義(ぎ)を以てすること、恥(はぢ)(あ)らしむればなり、夫(そ)れ人(ひと)は恥有らば、大(だい)に在(あ)るは戦(たたか)ふを以て足(た)り小(せう)に在るは守(まも)るを以て足る、然(しか)れば戦ひ勝(か)つこと易(やす)く守り勝つこと難(かた)し、故(もと)より曰く、天下(てんか)に戦ふ国(くに)、五(いつ)たび勝つ者は禍(くわ)、四(よ)たび勝つ者は弊(へい)、三(み)たび勝つ者は霸(は)、二(ふた)たび勝つ者は王(わう)、一(ひと)たび勝つ者は帝(てい)、是(ここ)に数(しば)しば勝つを以て天下を得(う)る者稀(すくな)く、以て亡(ほろ)ぶる者衆(おほ)し。
(=とくに難語もないすなおに読めそうな起承転結形の論述なのであまりここに書くこともない。強いて言えば冒頭の凡制國治軍で漢文フェチかどうか試されるのかもしれない、凡の字はどう訓んでもいいが読みきれていない先生方の参考書がおしなべてオヨそと訓んでいたので違うくした、制國と治軍は漢文の常識外れなので違和感を持てれば立派に漢文マニアだと著者に褒められている気がする。起承転結でいう承の最後の然戰勝易 守勝難、ここの然は漢文狂の第一感ではシカりごもっとも、戦勝が易く守勝が難しの理由はここまでの前半で論じているとおり、戦う者は大国大軍に所在して戦わねば恥だと礼・義で教え励まされている、守る者はそもそも国も軍も小さいからなかなか勝てない、この戰勝易守勝難という経験則は孫臏の兵法書でも主要なテーマのひとつで、この現実的傾向から孫子は必攻不守の兵法を主張していると言われる、ここはそれに対して冷静に反論したらしい。この作品の結論はもちろん起承転結でいう転の古言引用から結びの文にあるとおり、必攻必戦は滅亡の道というもの、孫臏兵法にも「礼・義」教組織にも喧嘩を売る呉子の大胆不敵な一編)

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