『燕昭王破燕を収め』
第2段 3⋅4

 第2段 3
 「郭隈先生對曰、『帝者與師處,王者與友處,霸者與臣處,亡國與役處。詘指而事者(之),北面而受學,則百己者至。先趨而後息,先問而後嘿,則什(十)己者至。人趨己趨,則若己者至。馮幾(几)據杖,眄視指使,則廝役之人至。若恣睢奮擊,呴籍叱哆()咄,則徒隸之人至矣。此古服道致士之法也。」
 郭隗先生、対(こた)へて曰く、『帝者は師と与(とも)に処(を)り,王者は友と与に処り,霸者は臣と与に処り,亡国は役(えき)と与に処る。指を詘(くつ)して之(これ)に事(つか)へ,北面して学を受(う)くれば,則(すなは)ち己(おのれ)に百(ひやく)する者至(いた)る。先(さき)だち趨(はし)りて後(おく)れて息(いこ)ひ,先(ま)づ問(と)うて後に嘿(もく)せば,則ち己に十(じふ)する者至る。人の趨りて己も趨らば,則ち己に若(し)く者至る。几(き)に馮(よ)り杖(つゑ)に拠(よ)り,眄視(べんし)指使(しし)せば,則ち廝役(しえき)の人至る。若(も)し恣睢(しき)奮擊(ふんげき)し,呴籍叱咄せば,則ち徒隸の人至らん。これ古(いにしへ)の道に服し士を致すの法なり。
 ─ 最後に『これ古(いにしへ)の道に服し士を致すの法なり』の句で締め括るとおり、厳めしい古法でお茶を濁し、純真一途な君主をけむに巻く郭隗先生。まるで体裁だけご立派なお役所文書である。とはいえ、付け込まれる瑕疵のない鉄壁のごときお役所文書を作る技術もいにしへの説客にとっては職業訓練科目の一つ。『先生對曰』対はいわゆる目上の人に対して応答する『対(こた)へる』、対等の立場には『応へる』。君主に対して『北面せよ、臣下に事へよ』と、冒頭文『卑身厚幣』の一層の拡充を勧める内容だが、あくまで郭隗先生は食わせてもらっている立場、そこはケジメである。『郭隗先生』の郭は城郭の郭、日本で城郭の郭は城の字を修飾する、古代中国では都市をすっぽり囲む防御城壁。古法に、しっかり国を守備する場合は堀を深く壁を高くとある。隗は鬼という部首が目を引くとおり、恐ろしく厳しい、コザト偏なので山水画に描かれるような鋭角すぎて絶対のぼれない峻厳な山岳。『郭隗』で、信じられないほど堅牢な都市防御壁。要するに燕国の守護神、もっと絞り込むと燕昭王治世下に現れた座敷童さま。それにしても、ばったり会った燕王から、せっかちに斉国征討という陰謀案件について妙策を諮問される郭隗先生。この手始めの長文では、迂遠な古の法でその場しのぎに努めている。早まって燕昭王の師と解説されることもある郭隗先生、しかし最後の段まで読めば了解されるとおり、それは後で出てくる厚かましい催促が奏功した結果である。この手始めの時点ではまだ燕昭王と与(とも)に国を共にしている説客ではない。明日になれば当の斉国宣王の御前で自分を売り込んでいるかもしれない身の上。そこで斉国への復讐という燕君最大の悲願については棚上げし、対話の焦点をひたすら人材登用法に集めようとしている。『帝者...王者...覇者...亡国...』と列記する論法は歴史研究が進んだ後代のもの。『覇者』はいわゆる春秋五覇時代における諸侯互助会の盟主、最初は前600年代、最後は前400年代前半の越王勾践。これ古の法なりとはいうものの、紀元前300年代末というこの小説の時代設定から見て、そこまで古来かどうか。『亡国は役(えき)とともに』この役はあとに『廝役(しえき)の人』という語が出ているので廝役・僕役の意とされる、召使いや下僕のように使役される木っ端役人。ただし役には戦争の意もある。原文『古服道致士之法』、『致す』は丁寧にすること、丁寧に送って行くこと、ここは招致の『致』。『古』は今の対義語、『此古...法也』真に古法の信奉者であればこんな解説は付けない。 ─
 第2段 4
 「王誠博選國中之賢者,而朝其門下,天下聞王朝其賢臣,天下之士必趨於燕矣。』」
 王、誠(まこと)に博(ひろ)く国中の賢者を選びて,その門下に朝(てう)せば,天下は王のその賢臣に朝するを聞き,天下の士、必ず燕に趨らん』
 ─ ここまでは道学者か古法の伝道者を気取って尊大な郭隗先生。『國中之賢者』はちょっと前まで破燕だったはずの燕国内の大先生。どこに潜んでいるはずもない彼らを『博(ひろ)く選びて』と言っている。『朝』は朝議・朝廷の朝。毎日定例の御前会議は午前中に済ませる習わしだったから朝議、そこから朝廷。『朝(てう)す』は参朝、臣下が朝議のために参内する、君王はつねに臣下を招集する立場だから参朝と言わない、この文の『その門下に朝(てう)す』は君主と賢臣の主従関係を逆転させた比喩表現、君王のほうから賢者の門へ意見伺いに出向くことを君王の朝や臣下の参朝にたとえた。─


 郭隗先生は一呼吸おいて申し上げた。『«聖帝は常に師と一緒にあり、王者は友と、覇者は臣と常に過ごし、亡びる国には気軽に使える従僕ばかりがある»«指図の指を折り曲げてむしろ臣従し、まったく臣下の態度で相手の話を学ぶように聞くなら、自分に百倍優れた者を迎える。誰より仕事は先駆けて休息は最後に取り、最初に問題を指摘してあとは人の意見にじっと耳を傾けるなら,自分に十倍優れた者を迎える。人の後から自分も見習えば、自分程度の者が来る。几杖に寄りかかって権威を笠に着、人を横目に見て指で使えば、雑役向きの無能な人が来る。そして我がまま気ままに打擲を振るい、息も荒げて叱り飛ばすようでは、もはや卑しい奴隷だけが来る»。これが古来言われる服道致士(道徳に応じた人材獲得)の法則でございます。
 王さま、本気で広く国中をあたり、賢者を選りすぐって、その門下に参じてお学びになられませんか。王さまが優れた臣下の教えを受けられていることは天下に聞こえ、かならずや名の知れ渡った人材が燕国に詰め掛けることでしょう』

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