『晋畢陽の孫予譲』
後段 第9文⋅第10文

 後段 第9文
 「襄子乃喟然嘆泣曰、嗟乎,豫子、豫子之為知伯,名既成矣,寡人舍子,亦以足矣、子自為計,寡人不舍子。使兵環之。」
 襄子すなはち喟然(きぜん)として嘆泣(たんきゅう)して曰く、ああ──,予子、子の知伯の為(ため)にするは,名は既(すで)に成(な)れり,寡人(かじん)の子(し)を舍(ゆる)すは,また已(すで)に足(た)れり、子は自(みづか)ら計(けい)を為(な)せ,寡人は子を舍(ゆる)さじ。兵をして之(これ)を環(かこ)ましむ。
 ─ 『喟然(きぜん)』は深くため息するさま。『嘆泣(たんきゅう)』は嘆く泣きかた。どちらも読者の思い入れ次第に任せる簡略表現。ただし主人公を対等に扱う趙襄子の発展心理が読み取れなければ読み込み不足、その場合はずーっと戻って趙襄子の最初のセリフから読み直す。『子は自(みづか)ら計(けい)を為(な)せ,寡人は子を舍(ゆる)さじ』、この『計』は合計である。この文の『計(けい)を為(な)せ』は足し算しろ、合計数を出せ、そして飲み屋の酔漢の決めゼリフ『おーい、お勘定!』、モダンな外食産業ではお会計。お互いの帳簿を突合わせると言っている。趙襄子の帳簿の記載内容はその直前の文言、合計した帳尻はこのセリフ部分の最後に出てくる処刑。主人公が計(けい)を為(な)した結果の帳尻も同じになるはずだと趙襄子は確かめている。言い換えればお互いの総括を出し合うこと。さて帳尻の『寡人は子を舍(ゆる)さじ』は一度は赦免したから二度目はないという事務的・儀礼的な皮相な話ではない。趙襄子は再度の襲撃計画に立腹しているのでもなく、主人公を裁判する主君でもない。『彼義士也,吾謹避之耳 = 彼は義士なり,吾、謹みて之(これ)を避けるのみ』以前はそういう余裕も見せていた趙襄子、この再襲撃の場面で見直すまでは主人公を侮っていたのである。 ─
 後段 第10文
 「豫讓曰、臣聞明主不掩人之義,忠臣不愛死以成名、君前已寬舍臣,天下莫不稱君之賢、今日之事,臣故伏誅,然愿(願)請君之衣而擊之,雖死不恨、非所望也,敢布腹心。」
 予譲曰く、臣聞く、明主は人の義を掩(おほ)はず,忠臣は死を愛(おし)まずして以(もつ)て名を成すと、君(きみ)は前(さき)に已(すで)に臣を寬舍す,天下に君の賢を称せざるは莫(な)し、今日の事,臣は故(もと)より誅に伏せん,然(しか)れども願(ねが)はくは君の衣を請(こ)うて之を擊(う)たん,死すと雖(いへど)も恨(うらみごと)ならず、望む所に非(あら)ざるや,敢(あへ)て腹心を布(し)く。
 ─ 主人公によることわざ紹介、第二弾は『明主は人の義を掩(おほ)はず,忠臣は死を愛(おし)まずして以(もつ)て名を成す』。しかしこれは本当にことわざなのか。『史記』の刺客列伝では少し変えられている、『明主は人の美を掩(おほ)はず,而(しか)うして忠臣は名に死するの義あり』。これに関する説明はここでは先送りしておく。原文『忠臣不愛死以成名』、この『愛』の訓は『愛(おし)む』が通例。『忠臣不愛死』で『忠臣は死を愛(おし)まず』。しかし『命を惜しまず』ならともかく、『死を惜しまず』は変な日本語。かといって『忠臣は死を愛(あい)さず』と読めば意味があべこべ。『愛』の字は分解してみると『心』がいっぱい詰まっている字、古くは激しい心の動揺の全般に用いられた。『大好き』だけではなく『大っ嫌い』も『愛』。そこでここの『忠臣不愛死』は死を惜しむかどうかはどうでもよく、忠臣は死というものに心を動揺させないの意。原文『雖死不恨』、通例の訓読は『死すといへども恨みず』。恨みずは現代の言語感覚では不自然だが、これは動詞『恨む』が上二段活用から四段活用に転じたため。訓読文は文語体、文語は平安文学あたりの文法に則る。 ─


 予譲の言葉を聞いて、襄子は深い感慨に沈み、それは深い溜息になった。死なすに惜しい国士──、ほんの軽口のつもりだった言葉が今さら胸に激しく迫った。しかし予譲の信念は微動もしない、ならば倶に天を戴けない今生の敵同士、襄子は目に嘆きの涙しながらも告げざるを得なかった。『ああ...予譲先生、先生のご忠義はもう十分にのちの語り草となるでしょう。それからわたくしめが一度は先生を赦免したことも先生の尊いおこころざしに十分報いたものだったはずです。ああ...予譲先生、もうわたくしめからはつべこべ申しません、先生自身の考えを聞かせてください。わたくしめとしては、先生をまた野に放つことは断じてない── ...お覚悟を』。以前予譲を見くびった時とは打って変わり、襄子は手兵で厳重にぐるりと取り囲ませた。
 趙襄子の涙ながらの処刑宣告に予譲も応じた。『わたくしはこう聞いております、明主も人の義を掩(おお)わなかった、忠臣も死ぬ危険にひるまなかったので名を成した、と。君におかれましてはもう前の折に恐れ多いわたくしを寛大なるお心でお赦しになっておいでです、天下に君の賢明を称賛しない者などおりません。今日の事を申し述べますと、わたくしは死もいとわず明主のためにした昔日の古人とは反対に、死ぬ覚悟で君のお命を取ろうとしたものでございます、君の誅殺に服すは当然でありましょう。ですが、もしお聞き届けありますならば、せめてはわたくしもあのように君のお着物に撃ちかかりたいものでございます。わたくしのほうは覚悟のとおり死出の旅へ向かいますも、これは恨みも恨まれもすることではないと存じます。わたくしごときが望むところではないかもしれません、最期なれば我が腹心のものを大風呂敷のようにひろげました』。

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