『晋畢陽の孫予譲』
前段 第6文

 前段 第6文
 「其右(友)謂之曰、子之道甚難而無功,謂子有志則然矣,謂子智則否、以子之才,而善事襄子,襄子必近幸子、子之得近而行所欲,此甚易而功必成。豫讓乃笑而應之曰、是為先知報後知,為故君賊新君,大亂君臣之義者、無過()此矣、凡吾所謂(以)為此者,以明君臣之義,非從易也、且夫委質而事人,而求弒之,是懷二心以事君也、吾所為難,亦將以愧天下後世人臣懷二心者。」
 その友、之(これ)に謂(い)ひて曰く、子の道は甚(はなは)だ難(かた)くして功なし,子の志あるを謂はば則ち然(しか)らんも,子の智を謂はば則ち否(いな)、子の才を以てして,善(よ)く襄子に事へるは,襄子必ず子を近く幸せん、子の近づくを得て欲(ほつ)する所を行(おこな)ふは,これ甚だ易(やす)くして功は必ず成(な)らん。予譲、すなはち笑ひて之(これ)に応(こた)へて曰く、是(これ)や先知のために後知に報(むく)い,故君のために新君を賊(そこな)ひ,大いに君臣の義を乱すものなれば、これを過(あやま)つこと無けれ、凡(およ)そ吾がこれを為(な)す所以(ゆゑん)は,君臣の義を明(あき)らむるを以(もつ)てす,易きに從(したが)ふには非(あら)ざるなり、且(か)つ、夫(そ)れ質(し)を委(ゐ)して人に事へ,而(しか)うして之を弒(しい)するを求(もと)むるは,是(こ)れ、二心を懷(いだ)きて以つて君に事へるなれば、吾が難きを為せるは,また將(まさ)に天下に後世の人臣の二心を懷く者を愧(は)づかしむを以てせん。
 ─ 友人と主人公の議論。論理学は戦国時代中期の名家という思想家一派が発達させたとされる。代表人物は公孫竜や恵施。文学上では論理的叙述の発達は前漢初期以降。最も成功した例は『韓非子』。議論形式としての成功例は『荘子』と『孟子』。以来、議論形式は漢籍文学の見せ場、著作者の腕の見せ所となる。 ─


 そんな予譲に友人が忠告した。『あなたのやり方はなんとまあご苦労なことだ、それでいて成功する見込みも無いときた。本当にね、あなたの心意気は認めるよ、でもね、利口ではない。あなたほどの才人なんだからそれを発揮して、うまくあちらさんに取り入ってごらんよ、あちらさんは間違いなく大歓迎であなたを近づけるさ、近づいてしまってからあなたの大願を果たすのなら、なんとまあ楽で確実に成功することか』。予譲はすかさず笑ってそれをあしらった。『それこそ先の親友のためにあとの親友に仕返ししたり、以前の主君のために新しい主君を害するということで、君臣のあいだの義理というものは糸がもつれるように何が何だか訳がわからなくなるのさ。そこのところを見過ごされては困るんだ。なにしろ僕が苦心惨憺するというのも、ひとえにその義理をお目にかけようとしてのことだ、いかに手っ取り早く成就するかという問題ではない。それから、古式ゆかしく礼物の贄を恭しく献上して臣下になり、それでいて主君を亡き者にしようときた、それは面従腹背の逆心を抱いて主君に仕えることだ、僕の苦心惨憺は正反対に後の世までも天下広くそういう破廉恥な臣下を慙愧に堪えなくさせようというんだ』。

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