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『建内宿禰』

このページの構成

【概要】

英題: The man who was 300 years old
成立: 書き下ろし
古典: 『古事記』
何?: 邪馬台国論争の話
備考: 

【解題】


 第12代景行天皇から第16代仁徳天皇まで、記紀によると建内宿禰(武内宿禰)は天皇五代にわたって勤続し、推定三百歳の超高齢で死没したとされる古代大和朝廷の政治家です。
 何よりもその長命が古来記紀読者の話題をさらい、長寿の代名詞でした。
 また近代、帝国主義時代になると、天皇五代に仕えたことから、忠臣の代名詞ともされました。
 そして諸星大二郎衝撃の出世作『暗黒神話』では、この古代有名人をモデルにした竹内老人という人物が作品世界観の説明役として登場します。
 もっとも、少年マンガ雑誌に諸星大二郎『暗黒神話』が連載された時期は昭和の敗戦から三十年後、とうに世間一般は建内宿禰という古代の記憶をほとんど失っていました。
 推定三百歳という非常識な寿命のせいで、現代の歴史学では伝説上の人物として片付けられてしまっていたのです。そのため昭和後期の少年たちは『暗黒神話』という異色マンガで建内宿禰という古代の人名を覚えることになりました。
 かつては旧紙幣の肖像にもなった国民的顔役でありながら、ついには異色マンガの世界がお似合いになってしまった建内宿禰。
 しかし、建内宿禰の株を暴落させた昭和後期における古代史観は戦前的思想を地上から根絶しようとする文化的大殺戮の危険な魅惑に囚われていた声が大きかったようです。
 そもそも三百歳という建内宿禰の寿命は研究者の勝手な算出であり、その勝手な勘定は『古事記』『日本書紀』の誤読からはじき出されているにすぎません。
 『古事記』の上・中・下巻という三部構成はそれぞれ神話・伝説・歴史という性格によって色分けされています。元から『古事記』撰者による序文でも言及されている構成です。
 建内宿禰の初出は伝説時代である『古事記』中巻ですが、歴史時代である下巻初めの第16代仁徳天皇の段にまで息長く登場しています。この天皇とその先代『古事記』中巻最後の第15代応神天皇は実在が確実視され、それぞれ日本第一、第二の規模を誇る陵墓が大阪にあるようです。
 伝説と歴史の両方に名の挙がる人物であれば、ふつうは伝説のほうを話半分に聞くものですが、なぜ日本歴史学は建内宿禰の実在性のほうを疑ってしまうのでしょうか。
 たしかに、はるか昔のような第12代や第13代の頃に出ていた大臣の名が第16代になっても現れ、記紀に提示された各天皇の在世年数から推算するとその没年三百歳にもなろうかというのですから、古来読者をギョッとさせても無理はありません。
 しかしそれは記紀のいい加減な天皇在世年数のほうを不審がるべき話でしょう。逆に建内宿禰のほうをその寿命のせいで疑うとは、結果的には記紀の伝える歴代天皇のいかにも嘘っぽい長寿ぶりを鵜呑みにするという話になります。
 漢籍古典の日本関係記述を参照すると、西紀200年代の邪馬台国の記事以降しばらく音沙汰がありませんでしたが、ちょうど建内宿禰が最後に仕えたという仁徳天皇のころから倭国への言及を再開します。
 西紀421年、倭王「讃」が南朝宋に使者を送る。
 425年、倭王「讃」。同年、倭王「珍」が使者を送る。
 443年、倭王「済」が使者を送る。
 いわゆる倭の五王ですが、倭王「讃」あたりが仁徳天皇かと推定されています。この漢籍資料と国内古文献の比定はいまだ結論を見ていないものの、漢籍資料に拠るかぎりでは仁徳天皇の在世は西紀400年代の前半までで確実に終わり、そして建内宿禰はその仁徳天皇の治世の途中で没していますから西紀400年代前半の早い時期までの生涯だったと断定して良さそうです。
 逆に建内宿禰の生年から前半生についてですが、これは『古事記』でいうと伝説時代の話になりますから、あまり当てにはできません。
 第8代孝元天皇の皇子の子として生まれ、第13代成務天皇の時に大臣(おほおみ)へ昇り詰めました。つまり、生れは皇族ながら、臣下として、いわゆる位人臣を極めるのでした。この建内宿禰系の子孫の繁栄ぶりは実際に目を見張るものがあり、のちの蘇我や藤原も及びません。その蘇我氏も建内宿禰から出ている他、平郡氏や巨勢氏、そして波多氏など古代大和朝廷の並みいる豪族、そして紀貫之などの紀氏も出ています。
 ちなみに建内宿禰が第13代天皇の大臣(おほおみ)となったことには別伝があり、その天皇と同じ日に出生したことからひとかどならぬ思し召しを受け、大臣(おほおみ)に抜擢されたのだそうです。
 そうした伝承もあるということから考えると、臣下の頂点へ昇り詰めるには異例の若さだったのでしょうか。
 はたして大臣(おほおみ)になったという以外、第13代天皇の頃までは目立った功績が伝えられません。
 建内宿禰の活躍は第14代天皇の段からです。
 『古事記』第14代仲哀天皇の段はとても文学的な展開になります。
 第13代のあと、第14代天皇はいきなり山口の下関に都しているのです。ところがさらに、もうすぐに改行も句点もなく、続けて関門海峡を渡った福岡の筑紫に都が遷っています。この型破りな記述の理由は後文で明かされますが、この天皇は九州熊襲征伐の途上なのでした。
 ただし、九州西征の途上で即位したというような注記はされません。
 そして第14代天皇はたちまち崩御し、この段の主役はさっそく皇后に交代します。第15代応神天皇の生母となる有名な神功皇后です。

神功皇后1

 神功皇后は神霊から御言葉を受け、熊襲征討をやめて朝鮮半島へ侵攻します。外征した彼女の軍船を日本海の大小の魚の群れが水中で負ぶって突っ走りました。古代史上名高い神功皇后の新羅征伐です。神霊はなんと高天原を治める天照大御神の御心でした。
 このとき大臣(おほおみ)の建内宿禰も福岡筑紫にいました。
 国際的な日本関係史料を参照すると、西紀391年以降の倭国軍の朝鮮討伐を記録しているという広開土王碑の銘文があります。
 もし『古事記』のその海外遠征の記事を神功皇后というより仁徳天皇時代や応神天皇時代の直前と解釈すれば、日本海の対岸にもそれに符合する資料があるのです。そして神功皇后や日本海の大小の魚だっていまだ潤色とは決まっていません。
 つまり『古事記』第14代天皇の段の奇想天外な伝説は案外史実に基づいています。
 すると建内宿禰は西紀300年代の末に活躍し、400年代の初めに没した人物ということになりそうです。何が怪しいということもない、れっきとした歴史上の人物なのかもしれません。
 ところで、古代倭国の中央政府は古くから大和朝廷という呼び名が定着していますが、何を根拠に大和の朝廷と言われてきたのでしょうか。
 もちろん飛鳥浄御原の天武天皇以前にも大和盆地で開業する天皇が多かったため、便宜的に古代大和朝廷という呼び名が発生したのですが、しかしそれは便宜上の呼び名でしかなく、いわゆる大和朝廷が大和地方で誕生したとする古代ロマンの史実的裏付けにはなりません。
 実際、国内古文献『古事記』の歴史の部分を見てみると、歴史上最初の天皇である第16代や第15代は大阪に都を構えたりでっかいお墓が大阪にあったりします。もう一代さかのぼると、すでに書いたとおり、第14代は畿内にもいませんでした。そしてそれ以前の伝説時代の話を続けても仕方がありません。
 そう考えると、近世以来の邪馬台国論争とは何だったのでしょうか。
 この論争は表面的には邪馬台国の所在地が九州か畿内かというものですが、内実はあわよくば邪馬台国と大和朝廷の関係性をはっきりさせようというものです。
 言い換えると、それはいわゆる大和朝廷が畿内奈良に発生した王朝であることを前提とした話でした。要するに『古事記』中巻に記される初代神武天皇東征伝説を鵜呑みにしている話です。
 たしかに史上初めていわゆる天皇として登場する第16代や第15代はすでに畿内を本拠にしていますから、それ以前のどこかの時期において、倭国政権が畿内の土蜘蛛を討伐し、その地方を開拓屯田していた可能性は高いのでしょう。
 それこそ『古事記』の神武天皇が兄と謀ったように、列島経営のために東方の土地に目を付けたのかもしれません。そしてそれはいわゆる初代神武天皇まさにその人が首謀したということもありえるでしょう。
 しかしだからといって、太古の狭い日本に邪馬台国王朝・大和王朝と、二つも王朝を想定する必要はまったくありません。
 そもそも魏志倭人伝によれば、邪馬台国に王朝があったという話にはならないようです。卑弥呼は倭国諸侯の合議で盟主(女王)として立てられ、そして女王卑弥呼の君臨時代を特に邪馬台国と言います。その邪馬台国は本来は王城(国都)の地名だったようです。
 奈良時代以前の倭国では盟主が代わるごとに都城も遷りますから、すぐもう卑弥呼の跡を継いだという次の台与(トヨ)だってわかったものではありません。
 邪馬台国の西紀200年代中期から百数十年後の西紀390年ころ、大臣(おほおみ)の建内宿禰は天皇・皇后とともに福岡筑紫にいました。先代崩御直後のその頃はそこが王都であり、そこに朝廷があったのですから、何が奇しいということもありません。

Jun 05, 2017 - サイト管理人

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