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ああトロイア

このページの構成

【概要】

古典: 『古代への情熱』
作者: シュリーマン
生没: 1822 - 1890
備考: 
枕: 『徒然草』
作: 吉田兼好

【解題】

 ── 心残りの石清水 ──
 『徒然草』第五十二段
 「仁和寺にある法師、年寄るまで石清水を拝まざりければ、心うく覚えて、ある時思ひ立ちて、たゞひとり、徒歩(かち)より詣でけり。極楽寺・高良などを拝みて、かばかりと心得て帰りにけり。
 さて、かたへの人にあひて、『年比(としごろ)思ひつること、果し侍りぬ。聞きしにも過ぎて尊くこそおはしけれ。そも、参りたる人ごとに山へ登りしは、何事かありけん、ゆかしかりしかど、神へ参るこそ本意なれと思ひて、山までは見ず』とぞ言ひける。
 少しのことにも、先達はあらまほしき事なり。」 ─ (岩波文庫、西尾実・安良岡康作 校注)

石清水 1

 仁和寺(にんなじ)の法師なので京都市在住、心残りの石清水も京都府、つまり思い立てば徒歩で容易に行ける近さ。それだけに、高齢になるまで参拝していなかったことがよほど残念。
 ところが、石清水(いはしみづ)は山上のお寺、当時の通常参拝ルートは川を水行、登山口で下船して山上の石清水へ向かう。予備知識があればお山の麓の極楽寺・高良神社にも詣でてから山登り、ともに石清水付属の寺社。
 石清水詣でに好都合な近くの人ながら、それゆえ大事な情報収集をうっかり怠って参拝し損ねたという失敗談。結語の「少しのことにも、先達はあらまほし」とは、仏法の大道ばかりではなく。
 ── 古代への情熱 ──
 夢がなくなった近代の常識を覆し、太古の神話に出てくるだけの作り話だと思われていたトロイア戦争の遺跡を現に掘り出してしまったシュリーマン、豪放な大考古学者です。
 もっとも、功績が豪快だったわりに、その動機は繊細でロマンチックなものだったといいます。
 少年時代に読んだ児童向けのホメロス叙事詩が始まりでした。
 太古ギリシア、紀元前8世紀ころとされるホメロスの叙事詩は「イーリアス」と「オデュッセイア」。
 「イーリアス」はトロイア戦役10年目の物語。
 アジア大陸側イオニア地方(またイーリオスとも)、トロイアの王子パリス、女神アフロディーテの後ろ盾で最高の美女を獲得できることになり、ギリシア側の王妃ヘレネーを掠取誘拐。
 目の前から愛妃が消えたスパルタ王メネラオスは報復と奪還をミケーネ王アガメムノンに要請、その指揮のもと、ギリシアの名だたる英雄が東地中海を渡ってトロイアに押し寄せます。
 小アジアの西側海岸に布陣したギリシア勢、城塞都市トロイアのイーリアス勢、その中間のスカマンドロス河を挟んで対峙する両軍。
 そして10年。奪われた美女と財宝をめぐり、とうとう当事者同士のメネラオスとパリスが一騎討ち、続いて英雄アキレウスがイーリオスの最大の英雄ヘクトールをついに討ち果たします。
 「イーリアス」のあと、この戦いは不死身の英雄アキレウスの戦死から泥沼の膠着を迎えますが、智将オデュッセウスが策謀したトロイの木馬の計略により、ギリシア勢がトロイアの城塞を抜き、焼き払って終結。
 もう一話の「オデュッセイア」は生き残って凱旋帰国するギリシア方英雄たちの10年間の冒険譚。
 魔女キルケーや妖鳥群セイレーン達、怪物スキュラなどが登場する異界漂泊物語になります。
 そうしたホメロスものを少年時代に幼馴染の初恋の女の子と一緒に夢中で読んだというロマン主義の19世紀のシュリーマン。

Ancient Greece 4

 それにしても、美女の略奪、報復戦の殺し合い、戦没遺体への凌辱、挙げ句に勝者側の傲慢な将軍アイアースがアテナ神殿に避難していたトロイア王室の娘カサンドラを乱暴、そうした古代の野蛮なエログロ合戦記をどういぢれば近代の児童向けになったものか不思議でなりません。
 さて、それを読み、これほど克明に伝えられる戦いがただの作り話のはずはないと子供心にも確信したと後に回顧するシュリーマンですが、しかし貧しい生まれの彼は古代への情熱より先に日々の生計を立てねばならず、まだ学校へ通う年齢から貧乏暇なしの賃労働生活を余儀なくされます。
 生活のための小銭の勘定に頭脳を傾けるお先真っ暗の青春期。後年の大成功者はそんなどん底の下層生活に違和感を持ちました。
 青年シュリーマンは町に居住するただの外国人をバイト料で雇い、自分にとって語学の家庭教師に見立て、次々と外国語を習得していきます。そのかず十数ヶ国語。彼らに支払う月謝のためいつも食費に事欠きました。
 諸国ひしめく欧州世界、彼は相手がどこの国の人でも意思疎通と数字合せ程度は図れるようになり、実入りのいい貿易商を始めます。
 徐々に商売の手をひろげ、とうとうロシアへ武器を密貿易。世界的な大富豪になりました。
 しかし後年未曽有の発見を連発する史上有数の学者となったシュリーマンにとって現世の富はいくら増えても儚い泡沫(はかないうたかた)、最終目的にはなりませんでした。
 彼は築き上げてきた商売を思い切って一つ残らず売り払い、莫大な私財を抱えてイオニア地方のオスマントルコへ乗り込み、考古学史上に巨大な足跡を残しました。
 19世紀の人であるシュリーマンはそれを半生記に書き、「古代への情熱」と題します。ちょっと邯鄲の夢に寄り道しながら、俺は少年時代の確信を刻苦勉励の試練の末に実証してみせたのだ、──半生を得々と古代英雄伝説になぞらえるシュリーマン著「古代への情熱」。
 しかしこのロマン主義時代の風雲児には疑惑が絶えません。
 語学習得も貿易事業も、すべては少年時代の大志を実現するためだったとストーリー化したシュリーマンですが、実際には事業売却が先でその後に古代遺跡発掘を思い付いていると言われだしました。
 それは彼自身の内面の問題かもしれませんが、状況証拠は彼の自伝にとって不利なようです。
 現在、日本では彼の著作は二書が書店に並びます。「古代への情熱」と、そして世界旅行の折の博覧記です。事業売却後、発掘開始前、シュリーマンは世界旅行に出ました。誰もが若い微妙な年頃で企てる卒業旅行や武者修行のようなものでした。
 幕末慶応年間の日本にも訪れ、初めて目にする不思議の国の混浴文化などの風俗を書きました。その実業家引退後のいわば自分探しの旅によって後の考古学生活を決意したのではないかと今では推測されています。
 たしかに子供時分からの神話発掘の宿願を目の前にしてぷらっと世界旅行へ出ることは考えられませんが、とは言ってもなにしろ気持ちの問題なので、考古学の大成功で歴史的な名声を博してから、考えてみれば子供の頃のホメロス体験がこの使命の原点だったのかな...という気がしてくることもあるでしょう。
 ところが、トロイアの古代大戦城址、続くミケーネ文明遺跡のアガメムノンの黄金仮面など、ホメロス神話の史実性を初めて証明したと自身矜(ほこ)る数々の考古学的大発見も、もとより学問上それなりの業績ではあるものの、歴史上はホメロス文学と何の関係もなかったようです。

Troy 1

 トロイアの古代城塞遺跡は一筋縄ではいかないくせものでした。9層構造になっています。つまりたいへん古い年代から、入植→繁栄→廃墟のサイクルを繰り返してきた、歴史的地政的に住みたい町ランキングの常連だった土地でした。
 原野の地中から持ち前のキレる勘で素晴らしい古代神話を掘り起こしたと思い込み、天にも昇る心地だったシュリーマン。ろくにトロイア遺跡全体構造の調査もしないまま古い第2層に焼けた痕跡を見付け、それが「イーリアス」大戦敗北時の炎上の証拠だと公表します。
 しかし後続研究者たちによる実証的な調査の結果、それは「イーリアス」時代より千年以上も前の古層でした。
 現在では、もし仮に「イーリアス」に物語られるトロイア戦争が史実からのドラマ化であれば、より新しい第7層がそれなのかもしれないとされています。もっとも、そもそもトロイア古代城塞遺跡そのものが「イーリアス」物語を収容できる規模ではないそうです。
 シュリーマンは間違いなく古代をよみがえらせたものの、聞きしにも過ぎて尊き古代ホメロス世界を掘り当てたという達成感は後になって端から見れば要するに滑稽な思い込みでした。
 大発見当初からその発掘作法に批判と疑惑が引きも切らなかった大富豪後半生のアマチュア考古学道楽。

Jul 16, 2017 - サイト管理人

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