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『日輪神話』

このページの構成

【概要】

成立: 書き下ろし
古典: 『古事記』
考証: 魏志倭人伝
何?: 記紀神話攻略論文
備考: 

【解説】

古事記16

  【 卑弥呼の鬼道 】

 新感覚派作家、横光利一の出世作『日輪』。題名の日輪は太陽のことですが、主人公は卑弥呼。
 日本古代ロマンが文献学にも目を配るようになってから、魏志倭人伝に出てくる邪馬台国の卑弥呼は『古事記』『日本書紀』の登場人物・登場神の誰に当たるのかという議論が起こりました。神功皇后、そして太陽神アマテラスあたりが有力候補のようです。
 もっとも、その議論は議論の根底のところに一番の難題を抱えます。
 『古事記』はいわゆる大和王権の神話・伝承であり、もっと絞り込めば天皇家の、極限まで絞り込めば天武天皇のお宅に伝わっていた昔話です。皇室もしくは大和王権中心の歴史が対象であり、必ずしも太古の倭国全域を対象とはしません。
 つまり『古事記』は邪馬台国にまで言及する必然性がなく、それは卑弥呼が記紀に書かれていない可能性も大いにあるということです。
 さて歴史年代から考えてみると、第15代応神天皇が実在人物であり、百済から漢籍博士の王仁を招聘した西紀400年ころがその治世であることから、十何代かさかのぼる『古事記』中巻最初の初代神武天皇はそれ以前、西紀200年代の卑弥呼登場前後に倭国大乱が起こっている史実(おそらく)を考えると、神武東征で大和王権が誕生する時期もその西紀200年代の可能性が濃厚でしょう。
 ただし、『古事記』では応神天皇が第何代だと明記されていないこと、そしてしょせん時間感覚がいい加減な『古事記』中巻伝説時代の記述であることなど、その年代推測は多くの不確定要素を抱えます。

古事記17

 ところで、『古事記』上巻の神話が太陽神アマテラスの誕生以降はこの大御神を中心として展開するため、錯覚を起こしそうですが、この女神は皇室の祖神であることから皇室の歴史書のなかで中心に位置しているにすぎません、けっして古事記神話における天地全世界を統べる最高神ではないようです。
 太陽神アマテラスは父親であるイザナギ神から生まれます。すでにその時点でアマテラスより上位の神様がいるのです。そしてアマテラスに続いてツクヨミとスサノオも一緒に生まれます。アマテラスは唯一独尊の神でさえなく、三姉弟の一角という位置付けなのです。
 父であるそのイザナギ神は妻イザナミ神とともに天神たちの命を受け、軟弱な状態だった国土を固めて人の居住できる土地に改良し、国生みの神となります。それは天神たちの命じたことでした。もうアマテラスより上位の神々は数知れません。
 国土に続いてイザナギ・イザナミ両神は数多くの神を生み、順調でしたが、火の神を生んでイザナミ神が火傷により病死します。その数多く生まれた神はすべてアマテラスの兄と姉、つまりアマテラスは長女でさえありません。
 亡き愛妻への未練断ち難く、イザナギ神は黄泉(よみ)の国へ。しかし凄まじく変わり果てたイザナミの姿に怖じ気づき、引き返して黄泉比良坂(よもつひらさか)を逃げ去ります。イザナギ神が黄泉の国の追手を撒いたという黄泉比良坂、なんでも出雲の国にある坂なのだそうです。
 こうして黄泉の国から逃げ帰ったイザナギが身の穢れをみそぎして、その最後に両目と鼻を洗い、アマテラスら三子を生みます。イザナギ神は貴子三神を得たと言って喜び、アマテラス、ツクヨミ、スサノオそれぞれに、高天原、夜之食国、海原を治めさせることにしました。しかしスサノオだけはすなおではなく、父イザナギ神の激怒を買い、追放宣告を受け、ここからスサノオの大立ち回りが始まります。
 つまり、太陽神アマテラスの父であるイザナギ神でさえ天神たちの指示で働く部下、いわば中間管理職でしかなく、また、アマテラスが治めることになった高天原も、そんな中間管理職的下位神ごときの裁量で勝手に所長を指名できる程度の派出所にすぎません。
 古今東西を見渡しても、太陽神を最高位の神様とする神話体系はめったにないようです。なにしろ太陽ですから昼日中しかお出ましにならず、ちょっと曇天や雨天でもすぐ欠勤してしまいます。とても天地全世界を四六時中見守ってくれる気がしません。
 さて、そうした神話学で考えてみると、九州高千穂で祖神アマテラスを祭っていたという天皇家の祖先ですが、どうやらそれほど勢威を振るっていたようではありません。国内文献である『古事記』中巻の記述もそう読めます。故地を捨て、畿内奈良県の大和地方に出て一旗揚げることを目論んだとは、九州ではうだつが上がらなかったのでしょう。
 また、最初に引いた漢籍文献でも、当時まだ辺境の名もない弱小勢力にすぎなかった皇祖についてはまったく言及がありません。当然でしょう。それは国内・国外の文献が食い違っているということではありません。むしろ考えようによっては魏志倭人伝と『古事記』の記述はものの見事に合致しています。漢籍文献に書かれていない皇祖はまだ高千穂でくすぶっていた無名氏族だったのであり、そして初代神武天皇以前の歴史を書いていない『古事記』に邪馬台国が出てこないとは、卑弥呼が神武初代天皇より古いという可能性をほぼ完璧に裏付けているだけのことです。
 実際、大和王権を邪馬台国の後継勢力とする説が古くからあるので、卑弥呼時代を天皇時代より前に置く推定はじゅうぶん成り立つのでしょう。
 ただし、後れて勃興する大和王権が先行する邪馬台国を後継したというストーリーは無理です。なぜなら『古事記』に邪馬台国も卑弥呼も出てきません。卑弥呼の大勢力から考えて、もし仮に神武天皇かその父祖が卑弥呼の跡を継いだのであれば、『古事記』中巻は必ず神武天皇ではなく卑弥呼から記述を始めています。

古事記8

 実際には、『古事記』中巻巻首、皇室の歴史上の始祖は神武天皇とされました。もちろんこの初代以前には伝承されるほどの皇祖がいなかったことを意味します。神代に目を向けると、『古事記』上巻、神武天皇にほど近い天孫は山幸彦。コノハナノサクヤヒメの末子三男坊でホオリノミコトとも呼ばれ、釣り針一本のことで海幸彦と兄弟喧嘩したあげく海中宮殿 ‘海神(わたつみ)の魚鱗(いろこ)の宮’ へ冒険しています。天孫が降臨したと鳴り物入りしてきた家系のわりに、その子孫はしょうもない諍い事にかまけていたようです。
 しかし、大和王権が邪馬台国を後継しなかった場合も、やはり大きな難題を抱えてしまいます。大和王権の神話は『古事記』によって伝えられましたが、それに勝るとも劣らないような神話体系は他に知られていないため、邪馬台国にあったはずの神話がなくなってしまうのです。
 まさか邪馬台国に神話が無かったとは想像もできないことであり、そして卑弥呼の大勢力から考えて、それがまったく今に伝わらないはずもありません。
 そう疑いつつ、古事記神話を洗い直してみると、まさしくアマテラスの高天原神話とは別系の神話体系がありました。なぜ大和王権の歴史書に紛れ込んでいるのかわからない、いわゆる出雲神話、おそらくこれが卑弥呼の鬼道と呼ばれた邪馬台国の宗教なのでしょう。
 『古事記』における出雲神話はスサノオのオロチ退治に始まってオオクニヌシの国譲りで終わります。スサノオが出てきますから、その背景として父のイザナギ神に至るまでの例の天上神話も持っていたのでしょう。
 するとその中間管理職の神までの天神一同は出雲神話でも高天原神話でも共有されていたことになります。おそらくイザナギ神までの天上神話は倭人の国に共通であり、その天上神話を共有する民族が倭人だったのでしょう。つまり倭人とは、人種的差異ではなく、縄文人でも弥生人でも、ハヤトでもクマソでも、エミシでもアイヌでも、何でも仲間入りできたのかもしれません。
 中国の西晋時代、魏志倭人伝を著した『三国志』陳寿が推理しています。邪馬台国へ到達するまでの行程記録を辿ってみると、ちょうど会稽の東海上にその国はあるようだから、きっと会稽地方の風物習俗が倭人の国へ渡ったに違いない。ちなみにこの陳寿こそ、邪馬台国までの行程記録をいい加減に書き散らし、日本の古代史研究を迷走させている元凶なのですが、書いた本人はぬけぬけと邪馬台国までの行程をほぼ正確に把握できていたようです。中国内陸部の人ですから水上行程の記述は苦手だったのでしょうか。
 ちなみに中国会稽地方の風俗とは、古く紀元前、孔子時代の呉越戦争の物語により、広く中国全域で知られるようになったようです。

Apr 23, 2017 - サイト管理人




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