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『胡蝶の夢』

このページの構成

【概要】

成立: 漢代以降(憶測)
作者: 未詳
備考: 近年ではアトラス社のPSゲーム『~女神異聞録~ ペルソナ』が引用。
 古来名作とされ、漢字文化圏の必須教養。

【解題】

  ―― 伝説的な人物 ――

  胡蝶の夢 (莊周夢蝶)(庄周夢蝶)
昔者、荘周、夢為胡蝶、栩栩然胡蝶也、自喩適志興、不知周也、俄然覚、則蘧蘧然周也、不知、周之夢為胡蝶興、胡蝶之夢為周興、周興胡蝶、則必有分矣、此之謂物化、 ――『荘子』内篇・斉物論篇(十三段「胡蝶の夢」、岩波文庫、金谷治校訂。一部旧字体を更新)。
 くわしい内容解釈はWikipediaの該当ページに譲るとして、試しにざっと訳しておきます。
  胡蝶の夢-拙訳(一部意訳)
――むかし、荘周は夢に胡蝶となる、ヒラヒラと舞う胡蝶、たちまち心うかれ、年来の願望に適ったものか、周であることをまるで忘れた、ところが俄然として目覚めれば、はたしてまざまざと周である、はてさて、いやいや、わかったものではない、荘周が胡蝶の夢を見たとは限らない、荘周の実体は実体ではなく胡蝶が周の夢を見ているのかもしれない、荘周と胡蝶、一般には当然のごとく別個のものとするだろうが、しかしそれこそ小賢しくそれぞれを別々の物とする認識、囚われた精神、低俗な小智というものだ(物化)――
 ちょっと一語づつ見てみましょう。
昔者: もちろん日本語の「むかし」で、可能性としては本人の数か月から数年前の体験ということも無きにしも非ずですが、しかし日本の昔話の「むかしむかし」あるところに...のように、書き出しに使われていますから、すなおに荘子こと荘周在世のむかしという意味と見ておきます。
荘周: まぎらわしい表現ですが、上の「昔者」とのつながりで、すなおに見れば他人名称です。
 一般に漢文で、後世の人が昔の古人に言及する場合は本名を避け、敬称などを用います。それを裏返せば、本名表記の文章は自身の著述となるかもしれません。しかしそこから、この「胡蝶の夢」の章段の場合も、「荘周」の一語だけを鬼の首のように取って、全体を荘周自身の作と思い込んでしまうと、なんだか「木を見て森を見ず」の誤りに陥っている気がしませんか。
 あとの文を見ると、「志に適うか」と、他人事のように述べています。そうした著述者の表現法を見ると、昔の荘周になりすまそうとする作為はすこしもなく、むしろ後世の作であることを誠実に明かしています。また内容も、荘子哲学の一面的な解説を試みたようであり、荘周自身が生前に書くようなものではありません。
 以上から、この「荘周」は他人名称であり、漢文のマナーに反した例外表現です。お行儀より文芸美学を重く見たのでしょうか。他の古典にもあえて古人の本名を書く例外表現が見えます。
 それにしても、その「荘周」とはそもそも何でしょう。「物化」、すなわち一般には物体の名称とされているようですが、はたして誰がその実体をしかと目にしたのでしょうか。
 中国道家思想の代名詞、「老荘」こと老子と荘子。よく老子のほうが「伝説的な人物」とされますが、むしろ荘子のほうこそ伝説めいた人物ではないのでしょうか。老子に至っては伝説もへったくれも何も、人格名称ではあっても人名ではないかもしれません。
 荘子に関しては伝記を詳しく書いた『史記』老子・韓非列伝が最古の言及資料になるのでしょう。
 いや、より古い言及が『荘子』書そのものの中にいくらでもあるに違いないのですが、なにしろ「荘周」という個人名称すら「物化」だとか言い出して茶化すような当てにもならない本、あえて無視します。
 やはりまっとうな学者が書いている『史記』を参照しましょう。

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 しかしその『史記』の記述もじつに不思議です。さすがに斉物論、逍遙遊の哲学者、俗世の名利にまるで関心を示さず、どこの諸侯からの誘いも突っぱねとおしたというまでは喝采ものとして、それでは天下に名前が現れる機会にも恵まれません。
 『史記』の荘子関連全文を見ると、議論の名手として世に名を成していたようですが、俗世の名利にまるで関心がないはずの荘周師、まさか自分からのこのこ議論を仕掛けに出向くわけがなく、宋の国くんだりに議論の名手が眠っているという噂は立ちようがないでしょう。
 荘周はなぜだか恵施という昔の有名人と議論を通じて交友があったとされます。例によって議論友達となったなれそめはまるで伝えられていませんが、天下に小国くんだりの弁達者の伝説が洩れるとすればその恵施ルートくらいしか見当たりません。
 恵子こと恵施は諸子百家の「名家」に分類される論理学思想家であり、梁恵王の宰相だったことから、現在とは正反対に、当時は無名の荘周に対して恵施のほうこそよく天下に聞こえていたでしょう。
 当時の遊説家はハッタリをかますことが勝負の分かれ目だったようです。貧乏だった蘇秦も燕国と趙国でうまいこと馬車や黄金をせしめ、ようやく遊説旅団の威容を調えてやがて合従が成ったといいます。張儀もその蘇秦の計らいで運動資金に不自由がなかったとされます。孟軻は儒教ゴロのゴロマキ学者、もとより諸侯大人から浄財を引っ張り出すことが活動眼目で、つねに大名行列のごとき壮観の孟子組一家総員を引き連れます、『史記』の著者から迂遠だと酷評された孟子の大時代的な理想論はその恫喝ビジネス⋅モデルを運転していくために絶対枉げられない大義でした。
 百里奚が奴隷に身をやつして秦穆公へ仕官したとか、伍子胥が長途の旅でボロボロになって呉国の公子光を訪ねたとか、美しくも貧しい春秋時代の仕官話はとうの昔、戦国時代中期以降の激化した遊説競争には金のかかる差別化が不可欠、貧乏百家は斉国稷下の勝ち抜き議論合戦などで目立つか、著名遊説家に喧嘩議論を吹っ掛けるしか出世の糸口がありませんでした。
 恵施の場合は馬車五台に蔵書を積載して引かせたといいます。従者の人件費を節約しながら威厳も示せる工夫だったでしょう。
 彼自身にも『恵子』という先秦時代の思想著作があったとされ、これも例によって逸文ですが、今日も『荘子』の天下篇にその思想の主な一部とされる言説がとどめられています。
 それを見ると、物の役にも立たない屁理屈ばかりですが、彼はギリシアで言うソフィストなので、思想はくだらないほど良く、あきれるほどばかげた思想で議論に勝つ詭弁の技術が論理学者である彼の腕自慢となるのでした。
 そうした恵子の論理学思想と荘子の哲学思想との類似性は古くから指摘されていますが、本当に類似性というだけで済ませていい話なのでしょうか。類似性と言う場合、戦国中期の荘周のオリジナル思想については著述も伝承も何もないというのに、恵施の思想議論と荘周の何が類似なのでしょうか。
 『史記』によれば当時の「荘子の書」の文字数は十余万字、現行本『荘子』の六万数千字に倍します。
 戦国中期の荘周のオリジナル哲学が何もなかったにもかかわらず、漢代初期になると膨大な荘子哲学が生み出された、というか、制約となるオリジナルが皆無空虚だったからこそ好き勝手に書き放題となっていたのでしょう。現行本『荘子』でさえ漢代思想言説のごった煮の書となっています。
 舌先三寸で梁恵王の宰相になったとされる恵施、滑舌が達者なうちはどうにかしのげる気だったかもしれませんが、それにしても何のバックボーンもない身の上は不安だったに決まっています。郷里の宋の国くんだりに古いなじみの荘周という議論仙人あり──。そうした出まかせで自身の豊富なコネクションをひけらかさなかったとも限りません。
 上記『荘子』天下篇は恵施が議論で激するとあることないこと虚言癖まで顔を出してしまったと伝えます。
 戦国時代中期、宋の国くんだりに隠れ住んで決して諸侯からの招きに応じなかったという議論仙人の荘周、招きに応じなかったのか応じる実体がないから応じられなかったのか、あまりにも恵施の口ぶりに似通いすぎるそれはもしかして恵施の夢... 荘周が実体だったのか、それとも恵施が夢で荘周になっていたのか。その答えは「物化」、すなわち歴史上の実在性とまったく無関係に、後世が一人物を二人物と認識したにすぎないのかもしれません。
 『荘子』書中にいくつか見える荘子と恵子の議論説話、次のような一話もあります。
  大工と左官屋 ――『荘子』雑篇・徐無鬼篇
 荘子はとある葬送に参列した帰り、同じ墓域に眠る恵施の墓に立ち寄り、得意のたとえ話を交えつつ偲びます。
 「変わった芸を見せる二人組がいた。左官屋が自分の鼻の先にセメントを蠅の羽くらいに薄く塗って、もう一人の大工の斧でそいつを削り取らせる。えいやっ! 左官屋の目の前に大工の斧が風を鳴らして振り下ろされる。ものの見事にセメントだけが跡形もなくなって左官屋は平気な顔して立ったまま、その鼻も元どおりの高さで傷一つない。その噂を宋の王様が聞きつけて、二人を呼び出した。ところが大工だけが現れて王様に詫びる、確かにわたくしはその芸で斧をふるっておりました、しかしとっくにそれができなくなりました、相棒が死んでからもう久しいことです。(その芸、実は突っ立っているだけで務まりそうな左官屋のほうの持ち芸だった。大工は派手に斧を振り下ろすだけの役)
 だから恵子の墓を見るとわたしも言わずにいられない、もうわたしも素晴らしい議論はできないのだ、と」

胡蝶の夢1

 誰が真の立役者だったのか、たしかに今日でも目立つほうに気を奪われて勘違いすることがあります、それこそ手品師の思うツボにハマるのですが。それにしても、もし仮に周が恵施の夢だったとすると、この説話の結論はすこしゾッとしませんか。
 じつに二千年ものあいだ漢籍古典読者を化かし続けてきた古狐の手品があるかもしれません。
Sep 25, 2016 - サイト管理人




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