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歌曲『魔王』

このページの構成

【概要】

成立: 1815年
原題: Erlkönig(Schubert)
分類: Classic, Art Song,
原詩: 1782年
作詩: Goethe
備考: 『魔王』は日本においてゲーテ作よりシューベルト作、必ず音楽の時間割の中で習う。

【解題】

 【 Greatest詩歌 4 】

▲ シューベルト歌曲「魔王」(動画)
 (ポップアップ⋅ウインドウ, 3min58sec, 14.7MB)

 ─ ゲーテ「魔王」原詩 ─

 ─ シューベルト歌曲「魔王」(日本語) ─

 中央ヨーロッパの風吹く夜、気の利かないゲルマンの男親がまだ頑是ないおさな児をかいなに抱えただけで暖かくしたつもりになって馬で疾駆する、ゲーテ詩「魔王」。小さい子のお出かけはどれだけ着せても足りないのに、ほんとに男親って...。
 北欧デンマークの魔王伝承にインスパイアされて、1782年、ドイツ(ワイマール公国)の33歳のゲーテが詩劇作品の中の娘に口ずさませる歌として作詩した「魔王」。
 英国シェークスピア劇のハムレット王子の国デンマークですが、地理的にはドイツの真上(北)、文化史的にもドイツと陸続きのようです。
 ゲーテ作「魔王」はそれの実家の舞台劇から飛び出して単独の詩として人気が高く、『ファウスト』など彼の他の有名作品同様、世の芸術家たちの創作意欲を刺激しました。
 1815年、弱冠18歳のフランツ⋅シューベルトがそのゲーテ詩「魔王」を本で読みながらインスパイアされ、たちまち短時間で名品歌曲「魔王」を書き上げます。
 べつに子持ちでもなかったシューベルトなので、「魔王」の詩の内容に自身顧みるところがあったということではなさそうです。ただでさえゲーテの多くの詩に曲付けしています。
 もっとも、この「魔王」の場合は特に技術的な挑戦意欲をくすぐられたということがあったかもしれません。
 短い一編の中で父親、子供、魔王という三者が入れ代わり立ち代わるという目まぐるしい展開の詩です。そして入れ替わるだけではなく、立ち替わるだけでもありません。入れ替わるたびにエスカレートし、緊迫していきます、破滅へ向かって。もちろん立ち替わるたびにもです。
 そうしたドラマが几帳面にドイツ語なりの韻を踏んだ凝った詩で語られます。
 シューベルト以外にもこの人気の詩にはすでに十分な数の作曲があったそうです。そして彼のもの以前はドラマ性をすっかりゲーテの原詩のほうに任せてしまった控えめな伴奏音楽ほどの作曲だったといいます。
 しかしシューベルトは原詩の目まぐるしく展開されるドラマ性をそのとおり音楽でも実現しました。いや、才走る若者はちょっと原詩以上にやりすぎてしまったかもしれません。シューベルトは歌曲の王と称されるほか、転調の音楽家とも言われますが、ともかく歌曲「魔王」はまさにその真骨頂なのでしょう。
 彼は自身目指す音楽性の方向へ大きく前進する傑作が書けたため、称賛の雨あられを疑わず仲間うちで披露しますが、友人達の反応は一様に口をぽかんと開けて「はぁ...?」。まだベートーヴェンがロマン派を始めたばかりの当時には斬新すぎる難曲だったのでしょうか。そのため彼は短い生涯のうちにこの小品歌曲を3回も手直しすることになります。
 それにしても足早に作品を量産した天才シューベルトにして未練がましく3回の手直しとは、よほどの自信作だったにしても、手のかかる厄介なものを生んでしまったのかもしれません。
 内輪のお披露目でもあまり感心されなかったと伝えられるように、傑作歌曲「魔王」はついにシューベルト生前、思いのほか生んでくれた親に恩返しする孝行息子にはならなかったといいます。
 翌1816年、シューベルトは友人達の協力のもと、書き溜めていたゲーテ詩への作曲をまとめ、もちろん抜かりなく「魔王」も入れて、当のゲーテ本人へ送付しました。
 10代終わりの無名で極貧のシューベルトはそれを当代芸術界最大の権威である作詩者当人から褒められることにどれだけ期待していたでしょうか。しかしその青い将来設計をヨーロッパ内陸部の冷たい風が吹き飛ばします。
 ゲーテは専門家であるツェルターが遊びに来た時にその若手音楽家の楽譜を見せました。ツェルターは矢継ぎ早に演奏してみせ、「まあ、どうせこんなもんだろうね」。すでに当代随一の文化人と自他ともに認めていた67歳のゲーテは余裕の態度で優しい苦笑いを浮かべ、送り付けられたその楽曲集を静かに送り返させます。
 ツェルターという人はこの直後、1809年生まれのフェリックス⋅メンデルスゾーンに教え、その幼少の高弟12歳のころゲーテにも熱心に紹介しました。けっして若い音楽家に無理解な人ではなかったようです。シューベルトの件では何かしら勘を鈍らせるものがあったのでしょう。
 要するにシューベルトが人生を通して運のない音楽家だったようです。
 文豪ゲーテのお褒めにあずかれば一躍音楽界へ名前が知れ渡る、しかしそうした出世のエスカレーターに乗りそびれて相も変わらず貧乏でコネもないシューベルトは小ぢんまりした草の根活動の音楽家人生を余儀なくされます。
 そして素晴らしい「魔王」を生み出してしまった音楽家は試練にさらされる程度では済みませんでした。
 1828年、31歳の若さでお迎えが来ました。もがき苦しんだ末の早世だったそうです。
 お父さま、お父さま、つかんでる! 魔王が...!
 「だから男親ってダメよね」

May 06, 2017 - サイト管理人

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