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『モルグ街の殺人』

このページの構成

【概要】

初出: 1841年
著者: エドガー⋅ポー (1809 - 49)
備考: 購読は容易、というか、この作家はどこの家庭にも必ず全集で置いてあるもの。無い、ではなく、切らしている、と言います。

【解題】

  ー 1841年 探偵登場 ー

 推理小説の創始者、そして怪奇小説の作家として知られる米国エドガー・ポー。
 それぞれ代表作としては『黄金虫』や『アッシャー家の崩壊』でしょうか。
 この作品『モルグ街の殺人』は人類が初めて読む探偵小説でした。
 ところで、明智小五郎や怪人二十面相で知られる日本推理小説の草分け江戸川乱歩のペンネームがこのエドガー・ポーの捩(もじ)りだという話は有名です。生れが恵まれなかったらしいポーはアラン家にもらわれて育ったので、エドガー・アラン・ポーといいます。
 江戸川乱歩ですが、彼が前半生に発表した短編の推理小説群は探偵小説という垢抜けない呼称で広まってしまいます。戦前の日本に推理小説という名前が無かったせいです。ところが彼が名探偵明智小五郎を生み出して、本当に探偵小説を書くと、逆に彼は推理作家と呼ばれだしてしまいました。今度は日本にも推理小説というしゃれた名前が現れていたからです。
 しかし、ポーの『モルグ街の殺人』以来、世界に広まった探偵小説とは、ただたんに利発な探偵の登場する推理小説を言うわけではありません。探偵小説とは推理小説内の一ジャンルというより、推理小説の発展形です。主人公の推理探偵を使い回しできるようにした点がポーの発明でした。実際ポーは『モルグ街の殺人』の探偵を他の小説にも流用しています。
 ですから探偵小説は作家の労力を大幅に軽減してくれるありがたい形式ですが、また作家先生の遅筆に泣かされることの多い編集者にも優しい発明なのでした。
 米国ポーの探偵小説『モルグ街の殺人』はヨーロッパを揺さぶり、英国で ’シャーロック・ホームズ’ を生み出した他、仏国でもモーリス・ルブランの ’怪盗アルセーヌ・ルパン’ を生みます。
 ルパンという名前が『モルグ街の殺人』の名探偵デュパンの捩(もじ)りだという話は有名です。なんでも作者ルブランは英国の ’シャーロック・ホームズ’ に先を越されたので、仕方なく主人公を探偵から怪盗に変更したそうです。悪党小説ですが、名前を拝借した他、主人公を使い回すという探偵小説の手法も盗んでいる連作ものなので、間違いなくポーの探偵小説の一族です。
 ところで、ポーの発表作品はすべて邦訳されていますが、翻訳者のなかに小林秀雄という意外な名も見えます。そうです、「日本の天才」と称された偉大な批評家の小林秀雄です。若いころ、仏語を専攻し、ランボーに傾倒していたそうですから、『悪の華』のボードレール経由でポーにも興味を持ったのでしょうか。
 小林秀雄ですが、ポーの『メルツェルの将棋指し』という作品を訳し、その関連のエッセーも書いています。
 メルツェルの将棋指しとは少し捻(ひね)った呼び名で、一般には ‘トルコ人’ と通称されたチェス人形です。たかが見世物の奇術人形ですが、その仕掛けと興業の面白さ・巧妙さのため、欧米世界で100年近くも大評判をとっていたようです。ヨーロッパで東洋手品師の典型だったタルキーな風貌に作っていたのでそのままトルコ人と呼ばれました。ちょうどポーの作家活動初期の1830年代に米国で興業旅行を行いましたが、その頃にはヨーロッパの王侯貴族や英雄ナポレオンなどのお歴々と対戦したという箔も付き、米国の事情通のあいだではたいそう話題になっていたのでしょう。
 まだ人工知能も無かった先史時代のことですから、人形がチェスを指せるはずもなく、誰でも人間による遠隔操作を疑います。ポー以前にもそのチェス人形の種を明かそうとする欧州知識人たちの論文が書かれていました。米国の駆け出し作家だったポーも果敢に種明かしを試み、雑誌記事『メルツェルの将棋指し』で人間による操作を論証しようとします。あくまでカラクリのある手品だと説きたかったので、その時の興行主メルツェルの名を記事のタイトルに持ってきたのでしょう。もしポーも普通の観戦客のように、そんな頭の疲れる種明かしのほうではなく穏便に人形とのチェス対戦のほうを楽しんでいれば、その記事の題名も『メルツェルの将棋指し』ではなく普通に『トルコ人』だったのかもしれません。
 小林秀雄ですが、彼は『メルツェルの将棋指し』の感想文で、あくまでチェスを指せる人形など存在しないという常識にこだわり抜いたポーの常識的感性が怪奇的作風からの印象と比べてどーたらこーたらと書いています。
 ちなみにこの批評家は缶詰の常連だったことでも有名でした。
 常識についてはさておいて、初期作品『メルツェルの将棋指し』はポー自身に論証の文学性を気付かせ、のちに創始した推理・探偵小説から見れば原点と言えるのかもしれません。
 にしても、当時の世上の話題ネタを作品の題材にするとは、20代のポーもずいぶんしたたかだったものですが、彼は純然たる職業作家ではなく半分は雑誌編集者でもあったので、なにしろ売れる作品を書かなければならないのでした。
 彼が作家としてのわがままを出したといえば、読者に受けがよろしくなかった怪奇小説を性懲りもなくこそこそ書き続けた程度で、あとは冷徹な編集者としての半面が彼自身に人気作品を追求するよう厳命していたのでしょう。
 売れる作品という他、編集者として泣かないためには、執筆の効率性も追求しなければならなかったでしょう。
 必要は発明の母である ―欧米のことわざ。
 『モルグ街の殺人』の名探偵デュパンという流用できる便利な設定を発明した経緯にはもちろん編集者としての下心が大きく作用していたはずです。

May 22, 2016 - サイト管理人

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